「きさらぎ駅」という駅がある。いや、正確に言えば「ない」。日本国内の鉄道駅には、そのような名前の駅はないのだが、「その駅で降りた」という話がある。2004年に匿名掲示板「2ちゃんねる」(現在は「5ちゃんねる」)のオカルト板「身のまわりで変なことが起こったら実況するスレ」に寄せられた都市伝説だ。
この話が7月1日に民放のバラエティー番組で再現ドラマ仕立てで放送されたところ、ツイッターのトレンド1位になるほどの反響を呼び、7月22日にはその「続編」まで放送された。
きさらぎ駅のストーリーを簡単に解説しよう。ハンドルネーム「はすみ」さん(以下敬称略)が、深夜23時23分に「いつも通勤に使っている電車が、20分くらい駅に停まりません。いつもは5分か長くても7~8分で停車するのですが停まりません。乗客は私のほかに5人いますが皆寝ています」という投稿をしたことが発端である。
2ちゃんねるのスレッド参加者が「はすみ」に質問したことで、「新浜松駅からの電車で、静岡県内の私鉄(条件を満たすのは遠州鉄道だけだ)。乗り間違えたかも」「運転席には目隠しがあり、車掌も運転手も見えない」「普段トンネルなどないのに、トンネルを出てから速度が落ちた」「乗ったのは23時40分発の電車」と、状況が明らかになって行く。
そして「はすみ」は、聞いたこともない無人駅「きさらぎ駅」に停車し、その駅で電車を降りたと報告する。きさらぎ駅には時刻表がなく、駅名標に他の駅名も見られない。駅周辺には人家などは何もなく、タクシーなども見当たらない。
「はすみ」は線路を歩いて帰宅しようとするが、怪奇現象は続く。遠くの方から太鼓と鈴の音が聞こえ、後ろから「線路を歩いたら危ないよ」と声を掛けられる。振り向くと、片足の老人がいて、そのまま消えてしまう。「はすみ」は、近づいてくる太鼓の音に近づこうと、伊佐賀トンネルを抜け(遠州鉄道には全線トンネルはない)、その先に立っていた「親切な方」と出会う。
鉄道が非日常の体験や恐怖とつながっている創作はきさらぎ駅が初めてではない。それを最初に示したのは、宮沢賢治の名作『銀河鉄道の夜』だろう。
初稿執筆が1924年と100年近く前の作品だが、「主人公の耳にアナウンスが流れ、強い光に包まれると、いつの間にか銀河鉄道に乗車している」「銀河鉄道に乗車している鳥捕りが、突然車内から消え、再び現れる」「天上でもどこでも行ける特別な切符」「既に亡くなっているけど、銀河鉄道に乗車している姉弟」「車窓に突如、親友の母が詰められた石炭袋が現れ、恐怖を感じる」など、超常現象と同時に恐怖心も描かれている。
また、1977年にまんがが連載開始され、アニメ化もされた『銀河鉄道999』は、オカルト的な話も多い。例えばアニメ第58話「足音村の足音」では、銀河超特急999号が、足音村に停車し、水滴の幽霊・やよいが主人公・鉄郎を連れて行く。第99話「四次元エレベーター」のように、不思議なエレベーターで不思議な街に引き込まれてしまい、ヒロインのメーテルがいつの間にか偽物となってしまう話もある。これは裏世界ピクニック内のエレベーターにも通じる描写である。
1980年の「ウルトラマン80」でも、第5話で主人公の矢的猛が最終電車に乗り遅れた後で、不思議な電車がやってくる回がある。矢的はこれが最終電車だと思って乗り込むが、それは乗客全員が眠る不思議な列車であり、四次元世界の駅に連れて行かれる。きさらぎ駅にも通じるホラー的な物語である。
鉄道が非日常とつながる乗り物である以上、これからも恐怖体験は描かれ続けるだろう。こんな鉄道趣味もあることを、楽しんでいただけたなら幸いである。