みんなでCMつくろう 「リアル・私の人生始まる」 キャンペーン

みんなでCMつくろう 「リアル・私の人生始まる」 キャンペーン / 366

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42才、2児の親です。幼少期はずっと人見知りでいじめにあい、それでも家族にすら相談できず鬱々と過ごしました。転機は高校の時出会った演劇。そこから外へ自分を表現してもいいんだ、と心が軽くなりました。好きな民俗学、読書に邁進したくて県外の短大を選び、そこで長い付き合いになる友人もできました。
しかし超氷河期と呼ばれた就職難の世代です。就職スキルを取らなかった自分には本当に大変でした。地元ですらパートタイムに大卒Uターンの人が応募してました。
地元の地銀が大量雇用していたのでうまく滑り込んだのですが、やはりスキルが無いことに引け目があった所にきついノルマ。生来の人見知りがぶり返して対人恐怖症の様になり、体調を崩し欠勤。そのままズルズル退職しました。パートでもバイトでもノルマさえなければ、と職を転々。田舎の世話好き親戚から、結婚してしまえと圧をかけられつつ、長らく付き合っていた跡取り一人っ子旦那に30才で嫁ぎました。
割烹です。地元では名が知られております。仕事は着物で接待です。義父母は結婚前は素敵な2人と思っていました。着物も要らないよ、作法は一から教えてあげる、だから心配しないで、と今思えば全て口八丁でした。ひとつひとつ貶められる洗脳のような日々でしたが、何だかんだで仕事が楽しくなりいつの間にか耐える事10年。3年前に頑固で認知症の義父が亡くなり、お嬢様気質の義母が独り残っています。認知症の義父から振り回されているときに次男を妊娠したら、おめでとうどころか「こんな時に子供なんて作って」と吐き捨てる様に言われました。
ちなみに長男の時は出産前日まで働かされ。出産後は二十日で復帰、子供は早々にほぼ取り上げられ、私(義母)がママよと溺愛され、今でも長男は一緒に義母と寝ています。
とまあこの令和のこの時世に、今さら昭和の昼ドラみたいな人生ですが、今、携帯ひとつあれば、どんな事もできる。かわいい服も買える。こちらのお店を見つけた時の高揚感と幸せな気持ちは。素敵なストールを手にした時、繊細なそしてカラフルな刺繍を撫でながら、心の蓋が少しずつ開いていきました。ようやく、自分らしくいられる服を選ぶという縁が繋がったと思います。

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