田上賢二氏が亡くなられたのは、2015年4月、82才。
ジョンが実施する映画イベントでの上映作を描いて貰うようになり、各地へ。
泗水町ホールや大津町文化ホール、益城町文化会館や山口周南市美術博物館、
熊本市現代美術館、熊本市なかお画廊、菊池文化会館、熊本市新市街アーケード等々で、
直接のライブペイントで、映画看板を描いて頂いた。。
ある程度ライブをして納得?されたのか、「もうライブはやめましょう」と。
少し体調も弱られていたのかも。。
2015年に亡くなられて、3ヵ月ほど経った頃、ジョンの夢に出て来られた。。
「今度は、どの映画の絵を描きますか?」と。朝起きて、まだまだ田上さんは描き
たいんだなと。でも現実には不可能だし。じゃあ、ジョンに何かして欲しいのかなと。
熊本市現代美術館で初の個展「田上賢二の仕事展」は手掛けたけど、その後は大掛かり
な展示会は企画してない。
もっと大きな?個展を開きたかったのかなと朝の夢の意味を勝手に想像して、まだジョン
も少しは気力があったのか、今年(2015年)の末までに県内各地で大きく?展示会
をやろう!と思い付き「映画看板絵師・田上賢二 追悼展」と題して、会場探しに。
付き合いや脅し?、頭下げての依頼で、県内28カ所の会場から暖かく無償許可を頂き
チラシ、ポスターを作り(これはさすがに有償で)、9月8日~12月27日までの
3ヵ月間、各会場1週間ずつの「追悼展」を開催した。
ジョンも期間中は休みなしで、動きっぱなし!愛車エスティマもイキ絶え絶えで走った!
各会場に、田上氏への感想ノートを書いてもらい、まとめて遺族の方に手渡した。
田上氏の全作品39点、映画への愛が溢れてきめ細やかで優しい作風が、人々の目に
焼き付いたと思っています。
追悼展も終わり、2016年になったら、もう田上さんも、ジョンの枕元には
現れていない。納得して頂いたかな。。