ミューたん
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2021/03/20 (土) 23:48:19
《傘はささないで》
密会の欠片をひとつくださいな
本当は愛もほしいけれど、それだけは我慢しますから
電気料金未納の紙が恋心を阻む
あなたとあたしを繋ぐのは、雨粒よりも柔らかい糸
あわいあかりに照らされた
かわいたあたし
他意のない"かわいい"にすがっていた
他愛のないあたし
蛇口を大きく捻って、浴槽を満たす
カトラリーは端っこから使うこと
きれいな言葉のつかいかた
真新しい赤いワンピース
あなたがくれたものぜんぶ
かえさなくていいと頭を撫でて
海と反対の方角を向いて笑うあなた
つたえることすら叶わない淡い想いは
淡麗生のプルトップからしゅわしゅわ溢れて
寒冷前線が雨といっしょに連れ去った
洗面台にイヴ・サンローランの口紅
すり減ってまわらないのに捨てられなくて
枕元のブルガリの瓶からは香りが消えた
雫のかたちのイヤリングは欠けたままで
その空白のぶんだけ想いは重なって
波が砂浜にすがりつくように
阿佐ヶ谷から新宿までをひたすらに往復した
6.8km × 100回より“会いたい”が勝っても
請求書 着信 通帳の残高が
誰よりも雄弁に“会えない”と語っている
うらぎりもの、くちびるだけで呟く
知ってる、二人の間に約束なんてなかったことは
こんな狭い浴槽じゃ足を伸ばすことさえできない
いっそ泡になって消えてしまおうか
しゅわしゅわと
うちがわから順番に手足の先まで
お湯とおなじかたちになるまで
細胞のひとつひとつが
弾けて 溶けきって、透明になるまで
知らない誰かが風呂の栓を抜いたら
排水口から"あたし"が流れ出していく
海に、海に還るのだ
欲しがられなかったあたしは波間から蒸発して
不純物混じりの酸性雨になって
空を見上げるあなたの頬にぽつりと雨粒
跡も残さず流れ落ちる
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