(1500万人のママのために何ができるか考え行動しようキャンペーン)
世の中の1500万人のママが自然体でイキイキできるまだこの活動は広げていかないといけないと思い、フォーマム活動を広げたいと思いました。私も答えは何かわかりません。多くの人や地域や国がこの問題を考えたり、取り組んでいくことで、いろんな制度やカルチャーがアップデートされていくんだと思います。まずは、皆さんが感じたもの、感じてきたものなんでもかまいません。生きづらさや、苦しみ、悲しみ、感じたものをシェアいただけませんでしょうか?みなさんの感じたものを、発信させていただき、多くの人に知っていただこうと思ってます。問題を可視化することで、より多くの人や地域がこの問題の解決への行動を起こしていってくれることを目標としております♪
年少と年中の年子を育てています。
切迫早産で上の子は4か月の入院、下の子は5か月の自宅静養の末なんとか生まれてくれました。
年子は本当に病気の移し合いで。昨年くらいまで月の半分くらいは小児科に通う日々でした。
高齢出産なので年子育児は本当に大変で。毎日ぐったりの日々です。
夫は家事、育児をよくやってくれる人ですが夫との会話はほとんどなくなりました。
日々が大変過ぎてなのか・・・二人の時間がないからなのか。
結婚13年目、14年目で子供を持ったのですがそれまでとは全く関係が変わってしまいました。
子供たちの父と母だから同居している、といった感じです。
そんな毎日に何とも言えない寂しさを感じます。
ただただ必死で子育てのためだけに生きているような。
私自身の価値を認めてくれる人がいないような。
そして今一番不安なのは子供たちの手が離れたとき、私に居場所、存在価値を感じられる仕事が
あるのかどうか。
長く仕事からは離れてしまったので子供と関係のない自分の居場所が思い辺りません。
まとまりませんが・・・なんとなく自分自身を見失っている感じです。
妊娠して仕事しているときに、理解のない男性はあたりまえでしたが、案外 女性に協力してもらえない…こともありました。出産後も時短をとって早めに帰宅していると、残業しないこと=仕事していないようにみられたことも とてもくやしかったです。私は早く仕事を切り上げるために、トイレにもいかずお昼休みも早めに仕事に戻っていたにもかかわらずです。私にしてみたら 時間制限なくゆっくり仕事できる人が羨ましかったです。
帰宅したら晩御飯もお風呂もすべて用意ができている男性にはそれが当たり前すぎて 理解しようがなかったのかと思いますが。
それでも子供は可愛く、ママになれるのは女性の特権であり なりたくてもなれない人がたくさんいることを思うと、私はとても幸せだと思っています。
たくさんの悔しい思いをすべてなかったことにできます!
私が結婚したのは30年ほど前。女性は結婚して仕事を辞めるのが当たり前の時代でした。何の疑問もなく円満退職しましたが、夫の収入は低く働かざるを得ませんでした。パートならすぐ見つかるとたかを括っていた私に突きつけられたのは「子供ができたらどうするの?」と言う面接での質問。不妊治療もしていた私は「できないんです」と答えても納得されることはありませんでした。
不妊治療では「仕事してる人に多いんだよね、排卵日をちゃんと伝えられない人が」と年配男性の医師に言われました。
しばらくの間、何を言われているのかピンとこなかった私。結婚とは女性にとって丸腰で戦に行くようなものだと痛感しました。
その後、子宝には恵まれましたが発達障害で生まれた我が子は普通よりちょっと手がかかることもありました。それは全て母の役割となり、母子の絆は強くなりましたが、社会人のしてのスキルは限界がありました。母になってからは正社員になることはできませんでした。
12年ほど前に離婚をした時も仕事は非正規のまま。子供たちは貧乏になってもいいからと母親である私についてくれました。その時に元夫が発した言葉は「お前が子供を洗脳した」と。してませんよ!!!
今までの子育てを考えたら当然でしょう。
子育てと仕事の両立も、非正規で働き続ける事と格差との戦いも、女であるがゆえ、母であるがゆえの宿命みたいなものです。
子供を産み育てることが広い目で見た大きな社会貢献であると言う認識が広まることを願ってやみません。
都会に十数年住み、地元の田舎に戻った姉と私。姉が妊婦になり、「マタニティマークつけないの?」と姉に聞くと、「田舎は都会と違って、妊婦と知らせる雰囲気はない」と聞き、驚きました。公共交通機関の電車やバスをあまり利用しない田舎はマークをつけることが少ないかもしれませんが、妊婦と言うこともできないとは。田舎はまだまだ閉鎖的なことが多い。
今、子育て中で頑張っているママさん達!
働いていても働いてなくても、みんな一生懸命生きています↑↑
だからうんと褒められるべきです☆
私も、仕事をしながら子ども達を育ててきました。
慢性の睡眠不足と戦いながら、母という言葉の重みを感じつつ。。。自分のことは後回し。
子育てと家事、仕事にがんばる日々。
でも、ある日力尽き体調を崩し、それから優等生をやめてみました。
自分は自分!
他人の目は気にしない!!
夕食?宅配でいいじゃない!
お掃除?業者の人のほうが上手です!
自分の心に正直に生きよう。
心に余裕ができた分、子ども達に沢山笑顔でこたえてあげよう。
夫?期待するだけ腹が立ちます!
運よく率先して家事をやってくれた日は、ラッキーデイ!
笑顔で「ありがとう」と言います。
沢山のママ達の頑張りを、当たり前と思わないでほしいのです。
ママ達がいるから、世の中も動いて行くのです。
身近なママを大切にする。
そういうことから優しさが広がって、子育てしやすい世の中になってほしいと思います。
私は若い頃に母になり周りには、早くに産むと後から楽でしょとよく言われました。でも実際はそうでもないことが多かったかもしれません。
離婚も経験し、何の資格もない私が子供を育てていくには、とにかく色々な資格を身につけなければと、必死に勉強をしました。その頃よく子供に『ママ、もうお勉強やめて』言われ、子供にどれだけ寂しい思いをさせていたことかと申し訳ない気持ちでいっぱいになったものです。今はその子供も母になり、私なんかよりとてもいいお母さんになっています。これからも小さな幸せをありがたく思い、cawaiiさんの洋服と共に、人生を楽しんでいこうと思います。
大学生と中学生の子供が二人いる40代後半ママです。4年前からパートで社会復帰といったところでしょうか…
専業主婦だったので、まず会社に行くための服や靴から用意して、最初の出費がかさんだことを覚えています。
会社の女性社員はみなさんキラキラ眩しくて、私も仕事をあのまま続けていたら…なんて考えるほど羨ましくもありました。
そんな私の心を見透かすように、今どき専業主婦なんてね~と嫌みを言われることもしばしば…
ただ、季節の野菜を使って、子供や主人の食事を用意して、季節の果物で果実酒を作ったり…
もちろん、子供と向き合う時間が長い専業主婦は楽しいことばかりでもなく、自暴自棄になるほど悩んだり、落ち込んだり…
今でもうまくいかないことばかりです!と胸をはって言えるほど。
でもね、そんな自分が少しだけ好きになれました、最近。
人生は修行なんだな~と50を目前にしてよく思います。
まだまだ、道半ばです。
ひとりっ子をもつシングルマザーです。
元夫が何もしない人だったので、離婚しても子供に対しての接し方はほとんど変化ありません。
離婚したことに対して、恥ずかしいとか思ったことはないけれど、東京在住だからなのかな?周りも多いし、嫌な気分にされたこともありません。
ただ片親なのは親の都合で、子供にとっては足りないものもあるかと思うので可哀そうだと感じる時もあるのは本当。
そして、仕事場でシングルマザーであるが故のやりづらさは、子供が幼い時は多々ありました。
(子供都合の早退や遅刻や欠席)どうしてこんな時に!っていう時に子供って熱出したりするんですよね・・。
同僚への申し訳なさ半分、不甲斐なさや子供と自分への怒り・・・感じていましたよ。私ばっかり。。。って思ったことも。
片親だから、って思われないようにしようとか、思えば、ちょっと頑張り過ぎていたのかも、と思って、今は
その環境でしか生まれない何かもあるとポジティブに考え、子供にもそのように伝えています。
父親の分も!とはじめの頃は私も頑張ってみたけれど、私はひとりしか居ないから無理だなーと、それもごめんね、って。
こんな母だけど、一人の人間と人間でやっていこうと思ってます。
子育ては難しい。
三人の子供たちをなるべく平等に育てたつもり。
一人と映画を観に行けば次の機会に別の子を連れて行ったり。
休日には家族で公園や動物園と色々出かけ、家族仲はずっと良かった。
…はずなのに。次男は長男を罵倒し殺したいとまで言い、長女は受験期で困惑。荒れる次男に、私が死ねばいいのかと思い悩む日々。
長男も次男も実家に住み続けたかったのに一人暮らしをさせることに。
今はそれぞれ鉢合わせないように、時々実家に帰って来ては何もなかったように楽しく過ごしている。
でも決して次男は長男の話をしないので、正月はどう過ごすことになるのか悩みは尽きない。
結局母親がうまく二人を育てることができなかったということ。
次男の長男に対する不満を理解できずに流していた私の責任。うまくいっている、家族仲がいい、と幻想に浸っていて次男の積もる不満に気付かなかった。情けない。
子供に関することは何でも母親の責任…ではないのだろうけど、そう感じ続けて自分を責めている。
53歳、実家の仕事を手伝っていて毎日忙しくしています。
主人の父親が九州出身の頑固親父で、同居していますので数多くのパワハラに苦しんでいます。
主人が長男なので義父の面倒を見ていますが、時々どうしようもない理不尽さを感じます。義父は「オレが例え乞食でも、お前は長男の嫁だから、オレの面倒を見る義務がある。」と私に言います。自分が間違っていても間違いは認めず、不都合があると何でも私のせいになります。何か一言言えば百言返ってきます。何か部屋で見つからず私が取ったと怒鳴りつけ、布団の下から出てきて見つかれば、「怒鳴るのはオレの健康法だ。大きい声出すのは体に良いんだ。」という…何もかもが自分中心に回っています。
主人の親だから、大事にしなくてはならないのは分かります。頭では分かっていますが、時々どうしようもなく泣きたくなります。
長男の嫁だけが貧乏くじ引いていますよね…主人は気にかけてくれていますが、日中居ないので全ては分かりません。本当の私の気持ちは私と同じ境遇の人にしか分からないと思います。
まだまだ日本では長男の嫁が親を見ると大抵の人はそう思ってるのだと痛感しています。
結婚10年目、長女9歳、長男6歳、次女3歳を持つワーキングママです。昨年度、7年半振りに仕事復帰をしました。覚悟はしていましたが、家庭と仕事の両立は本当に大変です。
職場では、一人職のために、自分が仕事を進めなければ誰も代わりにやってはくれません。産休前は、キリの良いところまでやってから帰ろうと、退勤が遅くなっても問題ありませんでしたが、今は、子どもたちのお迎えに間に合う時間に帰らなければなりません。帰宅後はすぐに夕飯の支度、その間に子どもたちには、翌日の準備をさせ、お風呂に入り、夕食を食べて寝かせる。。バタバタと1日が終わります。
朝も、暗いうちに起きて、洗濯乾燥させた洗濯物を畳むことから1日が始まります。時間までに子どもたちを起こし、何度も「早くしなさい」と怒りながら送り出す毎日。
ふと、私、なんのために仕事しているんだろう、って考えてしまいます。こんなに毎日怒鳴って。子供の話もろくに聞いてあげることもできなくて。
夫も家事や育児には積極的です。しかし、子どもたちが体調が悪くなったらお迎えはママ。看病で仕事を休むのもママ。学校や園の行事参加もママ。職場も理解があり、休みを取ることに何も言われませんが、やはり仕事は溜まっていきます。結局終わらない仕事は、土日に出勤をして調整をしなければなりません。
ママとして、子供のために色々できることはとても嬉しいのです。仕事のせいで子供の行事に参加できないってことはなるべくしたくなくて。子どもに寂しい思いはさせたくなくて。
でも、キャパオーバーになってしまうこともあります。
たまに、用事があって、夫に子供たちを任せて出かけることもありますが、女性が出かける時って、掃除を済ませたり、その間の食事の準備をしておいたりしてから出かけますよね?そして、何だかんだ子どもが気になって早めに帰る。そして、申し訳ない気持ちを持ちながら夕飯の支度をしたり。。一人で出かけることに変な罪悪感があるんです。
共働きで、育児も家事も分担してるって言いながらやっぱり女性の負担って大きいです。
何が言いたいのかまとまりませんが、これが私の本音です。
4歳の一人っ子、育休を経て職場復帰したワーママです。
人間関係が希薄で淋しい毎日です。
転勤族の為、地元を離れ、学生の時の友達は皆地元なので中々会えずです。グループラインで次の集まりを決めている時は、内心淋しくなります…。
職場も時短勤務でさっと出社してさっと帰る日々で、
もう2年半もいる職場なのに、中々周りと距離が縮まりません。近場に住んでいる昔の同僚後輩とは時々遊んだりしていましたが、子連れだしコロナの為、もう1年近く誰かと会ったりしていません…。
子ども家族が大事ですし、コロナのことにしても、もちろんしょうがないことだとは思っていますが、ふと孤独を感じて涙が出る日があります…。
6才と10才、2児の子育て中の40代ワーママです。
今年に入って念願の開業を果たし、毎日目の回るような忙しさです。
私は専門職で、土日を使って勉強会や講習会に行くのが当たり前のような仕事です。
土地柄もあるのか、ほとんどが男性ばかり、女性でかつ子供のいる同業者は滅多にいません。
今でこそコロナの影響で勉強会などはウェブ主体になっていますが、それまでは土日を使って他県へ行くのが当たり前のような状態でした。
幸い主人は会社員で日曜は休み、とても協力的なのでたまには出かけることもできますが、やはり子供とも遊んであげたいし、週末にまとめて済ませたい家のことなどもあります。
しかし新しい知識をどんどん入れないといけない業種でもあります。
ウェブセミナーならその時間だけ確保すればいいので、何とかなります。
もうコロナが落ち着いてもずっとこのまま、各地で開催するセミナーはウェブも併用となればいな、と期待しています。
男性だって家にいたい方も多いはず。
家での時間を削らないといい仕事ができないって、おかしくないですか?!
長女は社会人、次女は大学生になり、二人とも家を出たので、子育てから解放されて三年になります。
二人とも病気がちで、母としての役目を果たすのに必死で、独身時代に思い描いていたのとは全然違う未来でした。
家業の手伝いで社会との接点はあったものの、子供の世話はやっぱり私が全面的に担う事になり、第一線で活躍し続ける子供のいない元同僚や、周りの援助を受けながら、子育てと仕事を両立させる友人を羨ましく思ったものです。
親や、夫の協力がなくても、仕事も子供も諦めなくていい世の中になればいいのに、と、まだまだ結婚のけの字さへ感じられない娘たちを見ていて思います。
それと、体力が充実している20代のうちに出産しても、ちゃんと元の仕事に復帰できる世の中であって欲しいとも思います。
私は3人の娘を持つ母親です。
結婚してから今までほとんどの時を仕事をして暮らしてきました。
今から12年前までは私の母が同居していたので忙しく家にいることが少ない主人の代わりに育児や家事をサポートしてくれたので何とかやって来れたのだと思います。
核家族が増えている今の時代はやはりサポートをしてくれるシステムや制度の充実がとても必要になってきます。
どうか娘たちが母になる頃にはみんなが安心して子育て出来る世の中になっていることを願っています。
女性はいつまで、男性の添え物なのでしょうか?結婚して十年以上たっているのに、今でも主人の会社の男性から「奥さん、きれいだよね。」って言われているらしい。それを誇らしげにまだ私に言う主人。私が喜ぶとでもおもっているのだろうか?私はもうすぐ五十歳だよ、きれいだったのは、昔の話。きれいに見えるようにいっぱい努力してたんだよ。だけど、もう、妻として、母としてきれいな世界だけでは生きてません。もっと違うところを認めて欲しい。もう、容姿はそっとしておいてほしい。女性はきれいでないと、価値がないのでしょうか?
今からでも、働きたいと思うけれど、所詮女性はきれいでないと認められない世の中だと私は思っていて、働くことが怖くなってしまう。若い頃嫌というほど経験した、きれいな女性にちやほやする地位のある男性たちのいる職場。もうそんな四の中にうんざりです。
ママになった20歳そこそこで、当然のように専業主婦になりました。
子育て中はそりゃぁ~楽しかったですよ~。
子どもの成長もまじかで1番に見れましたし。
ご近所付き合いも、
義理の両親との関係も、
ママ友との付き合いも、
今では全てが思い出の中に有ります。
私が感じた生きずらさは…
再就職
しようと思えば
いつでも出来る
と思っていたのが、そもそもの間違いでした。
社会人経験が少ないのに、特別な資格も無い、ただ年齢を重ねた人材は会社では雇わないんです。
昔は、リーマンショックもまともに食らい。
派遣切りにもあいました。
今は、コロナ社会で雇用もままならない。
暗雲立ち込める真っ只中。
年金の受給額減る一方なのに、開始時期は引き上げられ。それに伴い退職年齢は、引き上げられ。
これからどうなることやら…。
不安しかし無い今が1番生きずらいです。
長女は社会人3年目。今年から下の息子も大学を卒業し東京で一人暮らし。娘とは女同士の気軽さもあり普通に話ができるのですが、息子とはなぜかけんかごしの会話。年々何考えてるのかわからなくなりこの先が不安。
離れていることもあり、息子との会話が億劫になっている自分にも不安を感じる。
振り返れば波乱万丈な人生になった人生。母の家計が兵庫で 小さな頃からお買い物は大阪 神戸。
早くに結婚 出産して 離婚。ポジティブ思考で おしゃれ大好きでした。フラワーアレンジメントの フランスdepuroma
の取得を目指して 仕事しながら取得成功。 短期留学のフランスも行き お洋服も大好きでお洒落に 生きたいのが 目標で かなりなお出かけ 海外も行きました。
父他界から 母も病気 介護生活になり おしゃれはおろか お出かけさえも出来ずの人生になり 欲も失せ 母は介護施設に入り 人生初の一人暮らしになりました。
そんなある日ネットの広告でcawaiiさんの お洋服を知り 10年近く ときめきも失せてたのに ドキっとし 釘付けになり 毎日ほど見て とにかく 2着購入しました。 長らくのお付き合いの方に 色々心配されてたのに cawaiiさんの服着て会った日 昔の素敵な感覚に戻ったね。でも 色が やはり 黒が良いね。と言われ 本当は黒系にしたかったのですが 年齢も行き さわやかな綺麗めブルーとネイビーを購入してて着てたのは薄目のブルー。
そのメーカーの黒系 プレゼントしようか?と言ってくれ 2枚 ワンピース レースのパーカーを プレゼントしてもらいました。
酷暑も過ぎ すべて1回ずつしか着れませんでしたが 自分が生き返ったみたいで うれしかったです。
しかし コロナで 大変な毎日です。 でも またイキイキしてと 目標を持ってと日々 出来るおしゃれを 取り入れ
頑張ってます。
cawaiiさんの服を着て お化粧して 幸せな場所におでかけする事 本日のlive見て また自分の心にとどめ 大変な日々を目標や夢に変えます。
今私は68歳で、娘三人を育てました。今は全員結婚してそれぞれに一人ずつ子供がいます。
下は上と2歳違いで双子でした。私が子育てをしている時はそんなに情報も無かったし、旦那さんは仕事が忙しく
子育てに関わらないのが当たり前で、ほぼ母子家庭状態でした(笑)ただ彼は申し訳ないと思っていたようですが(笑)
その時は夢中でいたが今から思うとよくやっていたなと自分を褒めてあげたい(笑)
双子の検診の時に保健士さんが「一人ひとり可愛いと思って抱いてあげて下さいね」って言われた時は
「やってみろ!」と思いましたね(笑)
今、孫たちを見ていて、もう少しゆとりのある子育てが出来ていたらなぁとは思いますが、
こんな母親にしてはまぁいい子に育ってくれて感謝です。
今の時代は情報がありすぎて、反対にお母さんたちはしんどいんじゃないかな?と思います。
まだまだ子育てはお母さんの分野みたいな社会です。
確かに食事にしろ考え方にしろ子育ての間は母親の影響は大だと思います。
政治家が子供が少ないって嘆くなら、働くお母さんが安心して子供を産み育てていけれる社会を作ってほしい。
子供は次の時代を作っていく人間です。これからの世界を作る人間を育てる意味でも
正しい情報を受け取れる大人が増えてほしいと思います。
19歳で結婚して20歳と22歳の時にそれぞれ男の子を出産し、22歳の時に前夫と共に起業してその後35歳で離婚。今は私が代表を勤め、子供たちも成人し、絵に描いた様な幸せと言いたいところですが、人生なかなか一筋縄では行きません。中学、高校とそれぞれ男子バレーとラグビーを3年間続け、大学を卒業した長男は、今は35歳で結婚もせずニートで、アニメ大好きな帰宅部の次男は、IT系の専門学校を卒業して、無事IT系の企業に就職したにもかかわらずリストラされ、これまた彼女もおらず私の仕事を手伝っています。2人共お母さん大好きないい子達で、育て方の何を間違えたのか、今だにわからず日々過ごしています。たまにニュースで子供が親を殺したとか、親が子供を殺したとか見る度に、笑えないなぁと感じることもあります。まぁでもこれだけ色々と人生経験して来ると、色んな状況で色んな人と会話に花を咲かせることも出来るので、それはそれで感謝かなと。今年のこのコロナ渦の世の中もそうですが、まだまだ人生何が起きるかわからないので、ストレス発散にお洒落をしつつ頑張って行こうかなと思う今日この頃ですのです。
大学を出て、教育関係、総合職で働いています。晩婚で、高校2年生の息子がいます。つい頑張ってしまう性格で、早朝も4時半起きで、犬の散歩、食事作りなどを済ませて職場へ。残業を終え、帰ってから着替えもそこそこに、夕食作り、片付け、犬の散歩、洗濯と夜遅く寝るまで休みなくひたすら動き続けています。夫はというと、比較的ステイタスの高い仕事のせいか、私が家でも働くのが当たり前という感じで、ほとんど休めません。自分を奴隷じゃないかと思ってます。夫の調教を間違えたのかな・・・。幸せに夫婦で歳をとっていきたいと思ったのに、歳をとるごとに、愛情は薄れ疲れと孤独ばかり感じます。もっと自由に生きたい〜
再婚同士で小学4年生の息子がいる主人と25年前に結婚と同時に出産…0才児を育てながら小学4年生の長男を学校に出しパートで働き始めました。
主人は仕事で帰宅も遅く、子育てに家事、仕事と無我夢中でやって来ました。
その当時は、自分で決めた結婚とは言え毎晩遅い主人に不満ばかりでした。
原因のわからない体調不良に悩まされ、今思うとストレスだったんだなーと思う。
振り返ってみると、何度となくあった離婚の危機!!
それを繋ぎ止めてくれたのが長男でした。
今でも忘れない長男の言葉『実家に帰ってきた時に二人揃ってくれてると嬉しい、だからお願いだからお父さんと一緒におって!』その言葉に何度となく救われた。
血がつがらない子を育てること…心のどっかで長男は母として認めてくれてないんじゃないかとずっと思っていた、何度となく辛いことは数えきれないほどあった。
その度に別れたほうががスッキリすると思ったけど…
長男は今では33歳の良い3人の父となりました。
私のよき理解者でもある。
大事な相談はいつも私にしてくれる。
そして今では、毎年3人の可愛い孫たちと素敵なお嫁さんを連れて来てくれる。
結婚して三十数年たちます。田舎だったこともあり、当時は、結婚して当たり前、子どもを産むのは当然お時代でした。また、仕事を続けるのは普通、周りもやめる人はいませんでした。
3人の子のいい母、いい妻、家庭も仕事もしいかり、それだけに明けくれる毎日。そんな中、突然の腹痛、長男の高校受験の日に倒れてしまい入院となりました。胆管結石、呼吸するたびにつらく寝返りもできないほどの痛みが続きました。
何とかおさまり退院後、しばらくは、気を付けていましたが、仕事でも、中堅として期待され、家を建て両親と別居したことで、家事すべてが「私」というぎりぎりの状態になりました。次男が、荒れ始めたのもこのころでした。やがて、眠れなくなり、食事がとれなくなり、体も精神も極限状態になりました。胃潰瘍と精神疾患。職場の3階の窓から下を見て、ここから飛び降りたら、楽になるだろうなー、と思ったことは、今でも鮮明に覚えています。
仕事を続けながらも、服薬で何とか3年ぐらいで、コントロールできるようになりました。まず、いい母をやめること。仕事も頑張らないこと。無理なことは、無理ですといったり、他の人に相談したりすること。子どもも大事だけれど、私も大事。子育ては、「アドラー心理学」、心身の管理は「ヨガ」。自分なりに、探した答えでした。
今思えば、つらいことには、意味がある。大変な時は、一生続かない。今、楽天的に考えられるのは、あのとき、完璧主義を捨て自分を大切にしようと、心掛けたから。
生き方に、正解はありません。今その時を一番に考え、ベターを積み重ねて・・・。子どもたちは、それぞれ家庭を持ち、退職した私は今、人生を楽しむことができそうです。日々の小さな幸せを、感謝して。
私は3人の子育てを経て、今は孫のいるオバアチャンです。家のローン支払いのため、パートから仕事を始めて25年・・・
その間に正社員もリーマンショックも倒産も経験しました。
50歳を過ぎてから独立して起業、今は小さな会社経営をしています。
主人はというと、家のローンが支払えなくても仕事を変える訳でもなく副業する訳でもなく、
全部私におんぶにだっこ・・・
毎日、家に帰る仕事ではないため、ほとんどシングルマザー状態で4人だけで母と父兼務みたく生活していました。
だから、主人を頼りにできないのが身についてしまっていたんですね・・・
今は、仕事も順調で郊外に住む主人とは別居でタワーマンションに独り住まいの日々送らせてもらってます。
kawaii洋服を着られる余裕のある生活ができて、今はとっても幸せです(⋈◍>◡<◍)✧♡
サラリーマンで仕事をしているときは、働く女性の少ない男社会で、全然正当評価なんてしてもらえず、
悶々としていたけど自分の経営する会社で、好きなだけ好きなように好きな洋服を着て仕事ができる・・・
スゴく有意義で感謝の日々です!
バリバリ仕事をしたい女性が集まってきてくれて一緒に仕事できるようになれればいいのにな~~ぁ!
昔は生き辛いばかりの毎日に忙殺されてたけど、今はいつ死んでも悔いがないくらい充実してて毎日幸せ!
ママになりたくてもなれなかった生き辛さ、苦しみ、悲しみにはフォーカスされないのでしょうか。。。。
人間、所詮「ないものねだり」です。
ママになれた人にはママであることの辛さがあるでしょう。
でもママになれなかった人にも辛さはあります。
ここで「フォーマム活動」と銘打ってあることも「辛さ」のひとつ。胸がチクチクします。
ママであることに焦点を当てる目的、意味を教えてほしいです。