最終レポート
問題3
「類型論」(5章)「ステレオタイプ」(9章)
人間の性格等の内面を、そのほかの特徴に応じてパターン化して分類するという点において類型論とステレオタイプは類似している。
類型論とは性格を記述する際の考え方の一つであり、人間をいくつかのタイプに分けて考える。代表的なものにE.クレッチマーの類型論があるが、これは人間の体型と気質が関係していると主張するものである。例えば、太った人はおおらかでのんびり屋、やせた人は神経質で物静か、といったイメージがある。クレッチマーは躁うつ病の患者は肥満型が多く、統合失調症の患者は痩せ型が多かったという結果から、体型と性格には親和性があると主張した。
一方のステレオタイプだが、こちらは体型ではなく、特定の社会的集団に応じてパターン化する考え方である。例えば看護師の女性は献身的で優しく、芯の強いイメージを持たれがちである。高齢者は頑固だ、日本人は真面目だ、というのもステレオタイプの一種だ。これらは人間が情報を処理するうえで、対象の人物が男か女か、外国人かなどざっくりと分類することで効率よく、かつ素早くその人の性格などを推測し、どう対応するのか判断できる。
「体型」と「社会的集団」というグループ分けする際の条件が異なるだけで、双方とも人間の性格を判断する際の効率を高める非常に便利な考え方である。さらに、これらの考え方のデメリットに関しても非常に類似している。類型論のメリットは体型という大きなくくりで分類するため、「大まかにどんな性格なのか」という全体像をとらえやすいところにあるが、反面、対象ひとりひとりの細かな個人差が無視されがちであるというデメリットがある。太っている人全員がおおらかな訳ではないし、やせた人が皆物静かな訳ではない。ステレオタイプも同様に、高齢者が皆頑固な訳ではないし、日本人の中にも私のような心理学の最終レポートを締め切りの前日の夕方に急いで執筆しているような不真面目な人間もいるということだ。このように必ずしも分類されたこれらのパターンに当てはまる人間だけがいるのではなく、個人の細かな性格によって例外は無数に存在する。簡単で認知的負担の少ない方法を過信しすぎることで偏見をもたらしてしまうこともある。偏見を生まないためにも常にグループの外にいる例外の存在を忘れずに活用しなければならないという点でも、「類型論」と「ステレオタイプ」は非常に類似していると言える。
参考(https://psych.or.jp/publication/world101/pw37/)
14点差し上げます。