はい、教科書の主張は④であると私も思います。 問いの前提がおかしいのが疑似問題で、前提は疑う必要はないがどうにも未解決なものを難問と言います。個人的経験にせよ「クオリアがある」という前提を置けば、「どうして電気的、化学的活動でしかない脳の活動から、生々しい経験が発生するのか」という問いは解決すべき問題になりませんか。だから未解決かつ解決困難なの難問になるのではないかと言いました。 「感情を体験する」のは誰でしょうか。「脳だ」というのであれば、「体験」と呼ばれるものが脳の電気的、化学的活動からどう説明されるのかを問わないといけなくなります。ドーパミン分泌が感情体験として感じられるのはどうしてですか。一方で脳の活動、他方で心の活動を記述して、それが平行して生起しているように書かれています。これは心身二元論の、平行説というものに該当すると思います。
3点差し上げます。
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はい、教科書の主張は④であると私も思います。
問いの前提がおかしいのが疑似問題で、前提は疑う必要はないがどうにも未解決なものを難問と言います。個人的経験にせよ「クオリアがある」という前提を置けば、「どうして電気的、化学的活動でしかない脳の活動から、生々しい経験が発生するのか」という問いは解決すべき問題になりませんか。だから未解決かつ解決困難なの難問になるのではないかと言いました。
「感情を体験する」のは誰でしょうか。「脳だ」というのであれば、「体験」と呼ばれるものが脳の電気的、化学的活動からどう説明されるのかを問わないといけなくなります。ドーパミン分泌が感情体験として感じられるのはどうしてですか。一方で脳の活動、他方で心の活動を記述して、それが平行して生起しているように書かれています。これは心身二元論の、平行説というものに該当すると思います。
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