法介の『ゆゆしき世界』

「空」の理論 / 11

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法介 2023/08/08 (火) 21:05:30 修正

すると今度はこんな事を彼は言い出します。

「モニターは様々な構成要素が因縁仮和合してるのだし、それを認識する者も等しく因縁仮和合しているのだから、実体は無いんです!」

構成要素が因縁仮和合してモニターがそこに存在していて、それを人間が五蘊の働きで認識し、概念でもってモニターとして認識されます。未だモニターという概念の無い一歳児が見てもそこにはモニターは存在しません。それ自体は有るんですが、モニターとして認識されないと考えるのが正しい「空」の理解です。

そもそも「空」を説く『般若心経』では、最初に

「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時」

(観音さまは智恵の完成の修行を極められ、それを行う時)

って言っておられまして、これって観音さまのお話なんですね。観音さまって肉体って備わっていると思いますか?

解脱してますので肉体はありません!なので五蘊も当然のように働きません

ですから

「照見五蘊皆空 度一切苦厄」

五蘊を皆〝空(空っぽ)〟とみなす。(五蘊を空じる)ことで、一切の苦しみや災いから抜け出すことが出来ました。

ここでの「空」は、形容詞と動詞の二つの意味を含んでいます。しかしここで大事な事はそんな事ではないんです。「観音さまの場合は」ということで、我々凡夫は肉体を備えておりますので五蘊は普通に働きます!

「舎利子 是諸法空相」

(舎利子、この諸法の空相(空の世界観)は、)

「不生不滅 不垢不浄 不増不減 是故空中 無色 無受想行識」

(生じることも滅することもなく、汚いことも綺麗なこともなく、増えることも減ることもない。故に、空観においては、色相もなく、受想行識も働かない。)

ここでも最初に「是諸法空相」(この諸法の空相(空の世界観)は、)とはっきりと言われております。(※空の世界観=肉体から解脱している仏の世界観⇒空観)

そして次の文句も多くの方が勘違いされている箇所です。「生じることも滅することもなく、汚いことも綺麗なこともなく、増えることも減ることもない。」これをもって生じることも滅することもないんだから空を「無」なんだと勘違いしている人が一杯おられます。しかし、ここで言う「生じることも滅することもない」の意味は、そんな事ではないんです。

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