個人用(小説について)

海底都市《NEREUS-Δ》目次、Depth I ターミナルエントランス

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目次

Depth0
プロローグ
Depth Ⅰ
ターミナルエントランス
Depth Ⅱ
接続路204
Depth Ⅲ
未接続区画N
Depth IV
接続歩道S端 上層
━━━━━━━━━到達不能極━━━━━━━━━
DepthⅤ
接続歩道S端 下層
Depth ARuFa
深澤恒一 ログ
Depth Beta
無灯火
Depth 404
《NEREUS-Δ》
Depth ???
深海より響く音

Depth I ターミナルエントランス

ここでは、僕の足音しか響かない。人類が地上を見限った結果、それがここターミナルエントランスだ。
水越しの光は、ここではもう輪郭しか持たない。
ターミナルエントランスの天井は高すぎて、どこまでが人工でどこからが海なのか、目では判別できなかった。
僕は息を整える。
肺の奥で空気が静かになるのを待ってから、エコーロケーションを起動した。
音は、思考より先に世界を描く。
柱。通路。配線。沈黙。
いつもと同じ、はずだった。
ピピッ。
腰に吊った端末が、短く鳴った。
音が、この空間ではやけに軽く感じられる。
解析の邪魔になるから、作業中は通信を切っている。
だから、覗き込む前から違和感はあった。
画面に浮かんだ一文。
――接続路204は、今も正常に機能している。
一瞬、意味を取れなかった。
視線だけが文字列の上を往復する。
もう一度。
もう一度。
どこを読んでも、書き間違いはない。
「……なんで」
声にした瞬間、それが質問ですらないことに気づいた。
答えを求める形をしていない。
ただ、音として外に出ただけだ。
ありえない。
接続路204は、すでに使われていない。海底都市、
《NEREUS-Δ》と地上を結んでいた、かつての象徴。
それ以上でも、それ以下でもない。
――いや。
思考が、そこで止まった。
象徴、だったはずの場所に、
僕はもう一つの記憶を結びつけている。
叫び声、風圧。
迫る電車の影。
人が、目の前で消えた。
原型を留めない速度で。
あの瞬間から、
深海に対する恐怖は、曖昧な形で僕の中に残っている。
それでも。
大学で聞いた講義が、遅れて浮かび上がる。
――人類の移動を象徴する路線は、廃線にならない。
「正常に、機能している」
その一文が、やけに重く胸に残った。
気づけば、足が動いていた。
ルートは考えなくていい。
エコーロケーションが、最短を教えてくれる。
迷いはなかった。接続路204は、まっすぐだ。
接続路204。そこに、人影があった。
こちらが声を出す前に、相手の方が気づいたらしい。
「あれ? 渚くん、来たんですか?」
明るすぎる声。
この深さに似合わない。
「前来たとき、二度と来たくないとか言ってたじゃないですか」
僕は、彼女が喋り終わる前に、短く返す。
「ああ」
それで十分だと、互いに分かっている。
「エコーロケーションのログに、バグが入ったんだ」
僕は言いながら、彼女を正面から見た。
深海にいることを、まるで忘れている顔。
「君の悪戯だろう?」
彼女は言葉ではなく、表情で返してきた。
――は?
「私じゃないっすよ」
一拍置いて、
「……もしかして、それでここ来たんすか?」
語尾が、わずかに跳ねる。
疑いというより、興味だ。
「見してくださいよ。私も分かるんですよ、ログの読み方」
僕の顔を見て、彼女はすぐに察したらしい。
「あ、そっか。渚くんの年度には、まだなかったっすもんね。ログ問題」
深海でも特に有名な大学。
その入試の話だと、すぐに分かった。
躊躇っていると、
「早く」と急かされる。
仕方なく、端末を差し出した。
彼女が、首席で卒業したことを、思い出す。
「へぇ」
画面を覗き込みながら、軽く息を漏らす。
「接続路204は、“今も正常に機能している”……送り主は?」
「不明だ」
言い切る前に、端末が奪われた。
「ちょ、勝手に――」
「いいからいいから。壊しませんって」
彼女の指が走る。
この空間だけ、時間が別の流れ方をしているみたいだった。
数秒。
彼女は、初めて見る文字列を前にしたような声で、
「……ふかさわ」
とだけ呟いた。
それから、深く息を吸う。
「深澤恒一っていったら、いや、恒一かは分からんすけど」
一瞬の沈黙。
「このターミナルエントランス、いや――《NEREUS-Δ》そのものを設計した、私が認める大天才じゃないっすか!」
僕は、思わず声を漏らした。
「……へ?」
慌てて取り繕う。
「そ、そのくらい、僕でも知ってる。本当なの?」
彼女は、深澤恒一のログと同じ調子で、断定する。
「はい」
少し間を置いて、
「でも、今ログが出てくるのは、おかしいっすね」
彼女は、接続路204の奥へ視線を向けた。
「だって」
一段、光が薄くなる。
水の気配が、確かに近づいていた。
「深澤恒一は、もうとっくにこの都市から、消えたはずですから」
Depth I 終 …… ᴛᴏ ʙᴇ ᴄᴏɴᴛɪɴᴜᴇᴅ
――

Fs39.
作成: 2026/01/29 (木) 00:07:39
最終更新: 2026/01/29 (木) 01:37:47
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