- 唯識三十頌 その①
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問うていわく。もしは三種の解脱を明かして三種の般若に類通せば、なんぞまた三種の解脱を用って三種の涅槃に類通するを得んや。般若はこれ因の名、涅槃はこれ果の称、これすなわち因と果と混乱の過ちならん。
問者の言い分では、三種の解脱を仏の智慧(般若)に類通するならば、とありますのでその通りやってみましょう。真如の「法」が〝法身〟なのに対し、仏の「智慧」は〝報身〟です。その仏の智慧として説かれたのが『法華経』です。ではその『法華経』を般若(仏の智慧)として三種の解脱と類通させますと面白い結果が得られます。
<仏の智慧(法華経)の三身>
真性の解脱=法身 ---(妙法蓮華経=中)
実慧の解脱=報身 ---( 寿量品 =空)
方便の解脱=応身 ---( 方便品 =仮)
十如是の仮諦・空諦・中諦の三編読みです。