仏教界の重要学術論文を集約したトピックです。
法介
259e67dbae
通報 ...
法蔵の唯識説への対応 石橋真誠 (五重唯識観について)
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk1952/32/2/32_2_954/_pdf/-char/ja
『法華文句記』所引の「十不二門」について 松森 秀幸
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk/57/1/57_KJ00005130332/_pdf/-char/ja
「具如事理不二門明」は『文句』が方便品の題目を事・理の視点から解釈する際の『文句記』の注釈にみられる。 『文句』では、 理・事を相対する概念として、 理は真如、 本浄(不変易)であり、 事は心意識、 浄・不浄の業(改動不定)であると規定し、 同時に理・事は互いに不可分な相即関係であると指摘している。(T34.37c11-15)
T1718.34.0037c11: 爲十章次第 云云。三解釋者。理是眞如。眞如
T1718.34.0037c12: 本淨。有佛無佛常不變易故。名理爲實事
T1718.34.0037c13: 是心意識等起淨不淨業改動不定故。名
T1718.34.0037c14: 事爲權。若非理無以立事。非事不能顯
T1718_.34.0037c15: 理。事有顯理之功。是故殷勤稱歎方便。理
>> 21
https://www.soka.ac.jp/files/ja/20170428_223347.pdf
第一節「『法華文句記』所引の『十不二門』」では、『法華文句記』に引用・言及される「十不二門」を取りあげ、「十不二門」が引用された『法華文句記』の内容と「十不二門」との思想的関連性を検討している。「十不二門」は理の強調がみられることはすでに先学によって指摘されているが、松森氏は『法華文句記』所引の「十不二門」の中にも理が強調されていることを明らかにしている。『法華文句』の方便品の品題を解釈する箇所に対する『法華文句記』に出る「具如不二十門所説」と「十不二門」の関係性を理解するために、『法華文句』において後に「十法」として提示される「十双」、すなわち事理・理教・教行・縛脱・因果・体用・漸頓・開合・通別・悉檀に着目し、それら各項目に見出される「権」・「実」の「権」を『法華文句記』は「即実而権」と理解していることを指摘し、ここに示される権実の関係は、「実」を中心として「権」がそれに相即するという縦列的・一方向的な相即関係であることを明らかにしている。また「具如不二十門所説」に関連する『法華文句記』の記述には、「本迹雖殊、不思議一」という言葉が引用されていることに着目し、同じく「本迹雖殊、不思議一」という言葉が多く引用される『法華玄義』とそれに対応する『法華玄義釈籤』の議論を検討して、『法華玄義』には本から迹、迹から本という双方向的な相即関係が提示されていたものが、『法華玄義釈籤』においては理によって事が位置づけられるという一方向的な相即関係のみが示されていること、このような関係性は『法華玄義釈籤』のみに限ったことではなく『法華文句記』においても同様のことがいえること、湛然の不二に関する基本的な発想には、差別相としての「事」を超越し、無差別の「理」に帰結させるという理解が反映されていることを明らかにしている。
『百六箇抄』
下種十不二門の本迹
日蓮が十不二門は事上極極の事理一躰用の不二門なり。
十不二の範疇論(2) 池田 魯参
http://repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/18560/KJ00005112884.pdf
十不二の範疇論(3) 池田 魯参
http://repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/18574/KJ00005112905.pdf
『十不二 門』の第七「自他不二 門・第八「三 業不二 門」の解明 島村 大心
https://www.jstage.jst.go.jp/article/chisangakuho/61/0/61_KJ00009011824/_pdf
趙宋天台における修性離合義の解釈について (必読!)
https://waseda.repo.nii.ac.jp/record/2181/files/BungakuKenkyukaKiyo1_60_Yuba.pdf
既に触れたように、智顗は真性軌・観照軌・資成軌の三軌でもって諸の三法を類通し、十種三法を数えることで教学全体の依って立つところの師軌を示した。このことを思えば、湛然のここでの解釈は、修性三因の義に代表される新たな「大綱」で以て、天台の一切法門を該摂することを図ったものとも言い得るだろう。また、文中に「具如 修性不二門説」として指示される『十不二門』修性不二門においては、次のように説かれる。
十不二門 (No. 1927_ 湛然述 ) in Vol. 46
T1927.46.0703b10: 三修性不二門者。性徳秖是界如一念。此内
T1927.46.0703b11: 界如三法具足。性雖本爾。藉智起修。由修照
T1927.46.0703b12: 性。由性發修。存性則全修成性。起修則全性
T1927.46.0703b13: 成修。性無所移修常宛爾。修又二種。順修逆
T1927.46.0703b14: 修。順謂了性爲行。逆謂背性成迷。迷了二心。
T1927.46.0703b15: 心雖不二逆順二性。性事恒殊。可由事不移
T1927.46.0703b16: 心。則令迷修成了。故須一期迷了照性。成修
T1927.46.0703b17: 見性修心二心倶泯。又了順修對性有離有
T1927.46.0703b18: 合。離謂修性各三。合謂修二性一。修二各三
T1927.46.0703b19: 共發性三。是則修雖具九。九秖是三。爲對性
T1927.46.0703b20: 明修故合修爲二。二與一性如水爲波。二亦
T1927.46.0703b21: 無二亦如波水。應知性指三障。是故具三。修
T1927.46.0703b22: 從性成。成三法爾。達無修性唯一妙乘。無所
T1927.46.0703b23: 分別。法界洞朗。此由内外不二門成
>> 21から>> 25まで、時間のある時にじっくりと考察する事。(重要課題!)
四聖諦説
https://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/DB/0047/DB00470L033.pdf
『成唯識論』の縁起思想
http://repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/30401/rbb041-19.pdf
所縁の見方に関して、『倶舎論』と唯識の間では、行相を相分に見るか見分に見るか、あるいは相分に所縁を見るか見ないかといった、識の構造の理解に関する違いが出てくる。説一切有部でも識に相分にあたるものを認めるが、その相分はすなわち行相であるとして、それを所縁とは言わない。この結果、もっぱら識の外の対象が、所縁ということになる。しかし唯識では、ここにあるように、識内の相分を親所縁縁とし、その外の対象を疎所縁縁として、むしろ識内に所縁縁を認めるのである。
唯識三十頌【18頌】
https://ameblo.jp/yk19610402/entry-12861538330.html
https://www.youtube.com/watch?v=BUHaeC-bWYM
道元さんの仏性観
https://zenken.agu.ac.jp/zen/story/h15.html
③唯識三十頌【18頌】増上縁とは二十二根
https://youtu.be/Lrpfg6pb7hw
三性説と唯識三性説
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk/56/2/56_KJ00005180828/_pdf/-char/ja
唯識三性説に関する上田・長尾論争の問題点 北野 新太郎
https://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/DO/0033/DO00330L001.pdf
依他起性の 「識体」は 「識の自体分」の外側にまで展開し得るのか? 北野 新太郎
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk/62/1/62_KJ00008992059/_pdf/-char/ja
唯識の思想と実践 北野 新太郎
https://nbra.jp/publications/78/pdf/78_a-2_09.pdf
『十地経』第五難勝地における 菩薩と衆生の関係性 松岡 明子
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk/68/2/68_1027/_pdf/-char/ja
『成唯識論述記』の伝える安慧の一分説について 吉村 誠
http://repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/34873/jbk073-03-yoshimura.pdf
『成唯識論述記』訳注(三)
https://shujitsu.repo.nii.ac.jp/record/406/files/07曾根訳注.pdf
『成唯識論』の三性説の解釈について 吉村 誠
http://repo.komazawa-u.ac.jp/opac/repository/all/36083/rbb047-06-yoshimura.pdf
唯識における業について
https://core.ac.uk/download/pdf/231050144.pdf
修正
二取・二分論 勝呂 信静
https://rissho.repo.nii.ac.jp/record/7410/files/083_第8号_二取・二分論.pdf
唯識08 第十八頌 縁
https://renshouji.com/唯識08 第十八頌 縁/
「本質」 と 「疎所縁縁」
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk/60/1/60_KJ00007730064/_pdf/-char/ja
新古唯識における相違点
https://www.jstage.jst.go.jp/article/ibk/63/1/63_KJ00009742248/_pdf
唯識はいかに他者を語るか 近藤伸介
https://archives.bukkyo-u.ac.jp/rp-contents/DB/0045/DB00450L035.pdf
成唯識論卷第一
https://cbetaonline.dila.edu.tw/zh/T1585_001
成唯識論卷第二
https://cbetaonline.dila.edu.tw/zh/T1585_002
成唯識論卷第三
https://cbetaonline.dila.edu.tw/zh/T1585_003
成唯識論卷第四
https://cbetaonline.dila.edu.tw/zh/T1585_004
成唯識論卷第五
https://cbetaonline.dila.edu.tw/zh/T1585_005
成唯識論卷第六
https://cbetaonline.dila.edu.tw/zh/T1585_006
成唯識論卷第七(14~18頌 )
https://cbetaonline.dila.edu.tw/zh/T1585_007
成唯識論卷第八
https://cbetaonline.dila.edu.tw/zh/T1585_008
成唯識論卷第九
https://cbetaonline.dila.edu.tw/zh/T1585_009
成唯識論卷第十
https://cbetaonline.dila.edu.tw/zh/T1585_010
『成唯識論述記』訳注(一)
https://shujitsu.repo.nii.ac.jp/record/406/files/07曾根訳注.pdf
『成唯識論述記』訳注(三)
https://shujitsu.repo.nii.ac.jp/record/551/files/09曾根訳注.pdf