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ただの猫 2026/05/06 (水) 15:23:48

  ある識者が 武田信玄の先祖について解説

武田信玄の先祖は 甲斐(山梨県)ではなく 茨城県の 武田だと言う

これは本当だろう

見出し・・「豊臣兄弟!」でまさかの退場、武田信玄のルーツは山梨県ではなく茨城県

3日の大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、徳川家康を三方ヶ原で一蹴し、さらに上洛を目指していた武田信玄が「まさかの餅」で急死して退場した。

戦国最強とされる武田軍団が甲斐に引き返したことで信長は窮地を脱し、孤立した将軍足利義昭は京から追放されて室町幕府は滅亡してしまう。

名門、甲斐武田家

甲斐武田家は戦国最強の軍団であるというだけはなく、この時代各地にあった多くの大名の中でも最も名門といえる一族でもあった。というのも、戦国時代の大名は斎藤道三のように氏素性もよくわからず、下剋上によって成り上がったものが多かったが、武田家は清和源氏の出で、鎌倉時代から続く守護大名の子孫だからだ。

あまたある武士のうち、清和源氏が最も由緒正しいとされた。

そして、清和源氏の嫡流は誰かという点を単に系図的な視点だけからみてみると、清和源氏の直系にあたるのは源姓を賜った経基の長男(満仲)の長男にあたる頼光の子孫である摂津源氏である。摂津源氏は代々武士として摂関家に仕えていた。

この摂津源氏が2流に分かれ、河内源氏と甲斐源氏となる。河内源氏の棟梁が鎌倉幕府をひらいた源頼朝で、甲斐源氏の棟梁が甲斐の武田氏である。

河内源氏の嫡流である源頼朝の系譜が途絶えた後は、甲斐源氏の嫡流である武田氏が、清和源氏嫡流に最も近い位置にあるといえる。

「武田」のルーツは茨城県

さて、武田氏は平安時代に源義光の子義清が常陸国吉田郡武田郷(現在の茨城県ひたちなか市武田)に住んで武田冠者と名乗ったのが祖である。つまり、武田氏の名字の地は山梨県ではなく茨城県にある。

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