猫の掲示板

ここで書き込めます / 1088

1195 コメント
views
1088
ただの猫 2026/05/26 (火) 21:20:41

  空海の「怨霊信仰」

空海は、真言密教で「怨霊信仰」の教えを広めた僧侶

「恨みを抱き死んだ故人の霊魂は 天上界の神となり 天皇をも見下し、恨みを晴らすため、雷を落とし 疫病を流行らせる」と説く

空海の「怨霊信仰」

なぜ空海が「怨霊信仰」を説いたのか?

その理由は「桓武天皇」が、奈良時代の「聖武天皇」が奈良に築いた「平城京」を長岡に「遷都」しようとして 桓武天皇に忠誠を誓っていた「藤原種継」に 長岡京の建設を任せる

ところが 長岡京の建設を任せられていた「藤原種継」が 何者かによって「暗殺」されてしまう

ところが 桓武天皇の弟だった「早良親王」と 桓武天皇から「長岡京の建設」を任せられていた「藤原種継」は 日頃がら仲が悪く 藤原種継の暗殺は「早良親王」が 犯人とされ

桓武天皇は、弟の早良親王の地位を剥奪 淡路島に流刑する

この流刑の途上 早良親王は無実を訴え 断食 餓死してしまう

そのため 桓武天皇は 長岡京は「早良親王の怨霊」が祟っている、として長岡京を諦め、京都に「平安京」を築く・・これが「平安時代」

そのため藤原種継の一族が 次々に「病死」してしまう

そのため平安時代 空海が「怨霊信仰」で 恨みを抱き死んだ故人の霊魂は 天上界の神となり、天皇をも見下し 雷を落とし 疫病を流行させ恨みを晴らす」と説く

そのため怨霊信仰で 怨霊を鎮めるため「御霊会(ごりょうえ)」が行われるようになった

そのため 同じ平安時代「宇多天皇」から 才能を認められ右大臣になった「菅原道真」を右大臣に抜擢

しかし宇多天皇の死後、宇多天皇の息子の「醍醐天皇」になり 醍醐天皇の弟だった「斎世(ときよ)親王」と 菅原道真の「娘」が結婚

そのため菅原道真は 皇室とは「姻戚関係」となる

そのため 左大臣の「藤原時平」が 右大臣の菅原道真を蹴落とす為・「道真が 天皇の座を狙っている」として醍醐天皇に告げ口

そのため醍醐天皇は 道真を京都の平安京からから追放、大宰府に左遷 大宰府の地で没した「菅原道真」も 菅原時平と醍醐天皇に「恨みを抱き死んだ」との噂が広まり

道真の怨霊を鎮めるため 御霊会が催される

しかし 藤原一族が 次々に病死してしまい 遂に 藤原時平も病魔に倒れる

この時の様子を描いた絵巻物が 北野天満宮に奉納されている

このように「空海が怨霊信仰」を説く

この空海の「怨霊信仰」は「こじつけ」ではなく「現実」で ・・人は他者に「恨みを売る」ような言動を行うと・・ああ アイツを地獄に落としてしまった・・アイツは恨みを抱き死んだのだろうという思いに駆られ

「自責の念と後悔の念」で 怨霊の姿や声を「幻覚」してしまい 悩み続けストレスに陥り「免疫力が低下」

「がん」などの病魔に侵されてしまう、これを説いたのが 現代の「安保徹」教授

だから 恨みを抱かせるような言動は「してはならない」

高市総理は 中国政府に「恨みを抱かせる発言」をしているので 何時の日か 中国政府が、高市総理に、恨みを晴らす時が来るかもしれない

通報 ...