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ただの猫 2026/05/31 (日) 18:28:30

  薩摩藩が建造した「昇平丸」が 日本で最初に「日に丸」を掲げた

  参考・・薩摩藩の大名 島津斉彬(しまづなりあきら)

国道220号線が南下して桜島にぶつかる数km手前に“道の駅たるみず”がある。この敷地内の桜島寄り西端に「近代造船発祥の地・国旗日の丸のふるさと」と刻まれた石碑を台座にして、上部に3本マストの帆船の模型が載ったモニュメントが設置されている。

この帆船は、幕末に薩摩藩が建造した洋式軍艦“昇平丸”の1/6サイズのモデルで、全長5.17m(実物は31m)。

台座の中央には碑文の書かれたパネルが配置され、右側には島津斉彬公の肖像画、左側に瀬戸海峡の絵が添えられている。

現在大隅半島と桜島はつながっているが、かつて桜島は文字通り独立した島で、大正3年(1914) の大噴火によって大隅半島と陸続きとなった。つまり大隅半島と桜島の間には400mほどの海峡で仕切られていた。

薩摩藩の島津斉彬は、幕末に西欧列強が武力で圧力をかけてきた際に海防の重要性を認識し、桜島と大隅半島の3ヶ所に造船所を設け、大型船の建造を始めた。安政元年(1854) に昇平丸、次いで鳳瑞丸・万年丸・大元丸・承天丸の合計5隻の帆船が完成した。それ以前は幕府の方針で、大型船の建造が禁止されていたため、これが近代的な大型船の造船の発祥となった。

一方、日本でも洋式帆船が建造されるようになったため、日本の船を識別する目印が必要となり、島津斉彬が提案したのが“白地に赤い丸”の日の丸だった。

これが幕府に受け入れられ、日本の船を示す旗“総船印”として“大隅半島と桜島の間の海峡”で造られた昇平丸に掲げられた。後に「日の丸は国旗〛として認められた。

しかし「日の丸」は、斉彬が創作したものではなく「飛鳥時代末」期から“日ノ本”を象徴するマークとしてこのデザインが使われていたようで、斉彬はこれを正式に日本の旗とするように提案したものである。

・・日本で最初に 日の丸を掲げた所は 薩摩藩(鹿児島県)である

日本ちんなら それくらい知ってろ!

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