日本で最初の「鎌倉幕府」
歴史は 実に興味深く、面白い
日本の歴史は
縄文時代ーー>弥生時代ーー>古墳時代ーー>飛鳥時代-->奈良時代
-->平安時代ーー>鎌倉時代ーー>室町時代ーー>安土桃山時代-->
江戸時代ーー>明治時代-->大正時代ーー>昭和時代ーー>平成時代ーー>
令和時代(現代)
古事記、日本書紀では、天孫降臨で神が日本を築いたと言われ、この神の子孫が「天皇」で
天皇を神の子孫として 天皇を中心に置き 天皇をサポートする家臣を「官僚」と言い、この天皇をサポートする官僚の組織が「朝廷」と言う
この天皇を神として奉った大和朝廷の中央集権国家は「古墳時代~飛鳥時代」に誕生する
そのため次の「奈良時代」次の「平安時代」 天皇を神とする「大和朝廷だけ」しかなかった
だから 現代日本でも 天皇を中心として 官僚たちが 天皇をサポートする朝廷(皇居)がある
ところが この平安時代 武力で権力を掌握する「武力闘争」が起き 武家の「平氏」と 武家の「源氏」が武力闘争 つまり「武家社会」になる
他方 この平安時代 最澄が比叡山の延暦寺で 天台宗を開く
この比叡山では「延暦寺」と「園城寺」が「対立」 僧侶たちが槍を持ち 戦闘軍団化
参考
比叡山 園城寺
比叡山と園城寺は、平安仏教の歴史を語るうえでセットで語られることが多い場所ですね。
🗻 比叡山とは
比叡山は、京都と滋賀の県境にそびえる山で、その山上にある延暦寺が天台宗総本山として知られます。
延暦寺は「日本仏教の母山」とも呼ばれ、多くの高僧を輩出した修行の場として日本仏教史の中心的存在です。(hieizan.or.jp)
🛕 園城寺とは
園城寺は滋賀県大津市にある天台寺門宗の総本山で、山号は長等山、通称は「三井寺」と呼ばれます。境内に三天皇の産湯に使われたと伝わる霊泉があり、ここから「御井の寺」→「三井寺」の名が生まれました。
平安時代の古典では、注釈なしに「寺」とあれば園城寺、「山」とあれば比叡山延暦寺を指すことが多いとも言われています。
・・そのため 延暦寺の僧侶たちと 園城寺の僧侶たちが 戦闘軍団となり 延暦寺と園城寺が「勢力闘争」
そこに源義家(八幡太郎義家)という武家が立ち上がり「延暦寺を味方」 両派の争いを鎮圧する
この源義家の「子孫」が「日本で最初の幕府」である「鎌倉幕府」を築いた「源頼朝」や 「室町幕府」を築いた「足利尊氏」
「幕府」とは「武力闘争」に勝利した男が「征夷大将軍(上様)」になり
この征夷大将軍に、忠誠を誓い 上様をサポートする「忠臣」の組織を「幕閣」と言い
この「征夷大将軍と幕閣」を「幕府」と言う
幕府の「征夷大将軍」は、現代の「総理大臣」に匹敵
幕府の「幕閣」は 現代の「内閣」に相当
このように「内閣総理大臣と内閣」が 現代の「日本政府」で 昔の「幕府」の「征夷大将軍と幕閣」の制度を 引き継いでいる
だから 総理大臣は 内閣で支えられていて NOタリンの内閣では 政権維持が難しくなる
高市総理を支える内閣(各省庁の大臣)は ボンクラで 高市総理は現在 窮地に陥っている