日本の農耕は、縄文時代の末期
以前の投稿で紹介した
縄文時代、縄文人は「天然自然」の 山の幸 川の幸 海の幸を採取して食料にしていた
ところが中国で 今から6000年前の「米作の遺構」が発見され 中国は 大昔から稲作が行われ それが地続きの朝鮮半島に伝わり
大昔の古朝鮮人も米作を行っていて「縄文時代の末期」 古朝鮮人が日本に渡来 縄文人に米作を伝える
こうして 古朝鮮人と縄文人が「一緒に農耕」を行い、古朝鮮人が 日本に居住 当然、交わり 混血児が誕生 これが弥生時代の「弥生人」
こうして日本は、天然自然の幸を採取して生活していた縄文時代が「農耕で穀物を栽培」する「弥生時代」になる
日本は大昔から「中国文明」を導入していた 農耕の元祖は、中国
日本の農耕は 縄文時代の末期から行われていた この農耕が本格化したのが弥生時代
こうして日本は昔から農耕で「五穀豊穣」を願い 神社には 石碑に「五穀豊穣」が刻まれている これが神農祭
見出し・・縄文土器に残る植物の種子の跡「圧痕」を調べたら栽培ダイズだった…「農耕は弥生時代に始まった」覆す成果
「研究のおもしろさを少しでも伝えられたら」と語る小畑さん
縄文土器の表面や内部にある種子などのへこみ跡「圧痕(あっこん)」を調査してきた熊本大名誉教授の小畑弘己さん(考古学)の研究成果を盛り込んだ書籍「縄文時代のタネとムシ」が、福岡市の「新修 福岡市史ブックレット・シリーズ」から刊行された。最新の調査技術と方法論から見える新たな縄文時代像を紹介している
鹿児島県志布志市の小迫遺跡の土器中から検出されたイネ圧痕の3D画像
圧痕は、土器を製作する際に、粘土に練り込まれた植物の種子や虫の跡。土器を焼成すると種子や虫は失われるが、その形は空洞として残る。そこにシリコーンゴムを流し込んで型取りする「レプリカ法」や、X線やX線CTによる透視画像撮影で、種子や虫の形を再現し、農耕や植物利用の歴史を探ることができる。本書では、福岡市などの遺跡で発掘された土器から検出された虫や種子の圧痕画像とともに、縄文時代後期にダイズ栽培が行われていたとする研究成果や、害虫との共生の様子などについて解説している。
栽培ダイズの圧痕は2007年、長崎県島原市の大野原遺跡の縄文土器から初めて見つけた。カキの種のような扁平(へんぺい)で長い形で、当初はマメと分からなかったが、側面に「へそ」がついていたためダイズと特定。野生のダイズより大きく、形も現代のダイズと似ていることから栽培種と判断した。かつて農耕は弥生時代に始まったと考えられていたが、この圧痕から、縄文時代にダイズ栽培が行われていたことを明らかにした。
イネやアワなどの雑穀栽培の開始時期でも、圧痕を用いた手法による新たな発見があった。福岡県粕屋町の江辻遺跡の縄文時代最末期の土器約1万点を調べ、イネやアワなどの圧痕から得られた15点の炭化物を年代測定したところ、紀元前10~9世紀と示された。佐賀県唐津市の宇木汲田遺跡から出土した弥生時代最古の炭化米や雑穀の年代より50~80年古い。「縄文時代最末期にはイネや雑穀が朝鮮半島からすでに流入していた」と説明する。
クロゴキブリは縄文時代に存在、在来種だった
筆先の穴が圧痕。顕微鏡をのぞきながら、筆で圧痕内の土などを除去する
圧痕で最も多く検出される虫は、イネの害虫として知られるコクゾウムシだ。小畑さんの考古学の師匠で、福岡市の文化財部長だった山崎純男氏が、05年に日本で初めて縄文時代後期のコクゾウムシの圧痕を発見した。当初はイネがあった証拠と考えられていたが、その後の調査でも縄文時代後期の土器からは確実なイネの圧痕が検出されなかった。