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ただの猫 2026/06/23 (火) 07:53:19

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■「会社を辞めます。世界一周に行きます」

 入社して数年経つと、今村は部署のリーダークラスに出世をした。残業自体は変わらなかったが、バブルは弾け、会社が利益率に厳しくなってくると、定時でタイムカードを切らされた。残業代はつかないが仕事はしている。いわゆるサービス残業だ。

 ある日曜日、今村は翌日提出の提案書を作るために出社した。会社の電源が落とされていたため、近くの公園で同僚たちと打ち合わせをして、徹夜のまま月曜日も営業に行った。

 「そろそろ潮時かな」

 今村はふと、そう思った。仕事への情熱が冷め、折悪しく小さな支店に転勤にもなった。支店では、本社とは情報の質と量が圧倒的に違った。別業種の子会社に行く道もあったがコンピューター以外に興味が持てなかった。

 上司たちを見て思った。課長クラスになれば、だいたい子会社へ出向する。部長からその先へとピラミッドの頂点に残れるのは同期入社の中でもほんの一部だ。10人が5人、そして3人。自分は残れるのだろうか。

 少しは転職活動もしてみたがもうすぐ30歳。面接では「どんな仕事で利益を作れるのか」ばかりを求められ、嫌になった。ある日、心を決め上司に言った。

 「会社を辞めます。世界一周に行きます」

 それまでもゴールデンウィークや年末年始に、短い休暇を使いアメリカや中国などを訪れていた。

 「同僚にも海外旅行に行く人は多かったです。理由は上司や客先からの問い合わせの電話に追いかけられないからです。今なら考えられませんが、休暇中に実家へ電話がかかってくるのは当たり前で、新婚旅行先のホテルに電話がかかってくることもあったみたいです。だから面倒な客先の夏休みと期間をずらして海外旅行を入れている人は多かったですね」

 今村はこのとき20代だったが、残業代がもらえていたときの年収は500万円を超えていて、資金には余裕があった。

■手元の金は尽き、たどり着いた即金日払い

 世界一周はまずニューヨークからだった。そこからロンドンに飛び、ギリシャ、トルコを回った。学生時代、ESS部だったので英語にはそれほど苦労しなかった。バルセロナの空港では、荷物の盗難に遭った。盗難証明のため警察に行くと、その日だけで100人目の被害者だった。再度、ワシントンDC、ロサンゼルスと回り、日本へ帰国。約90日間、費用は60万円ほどの旅だった。

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