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ただの猫 2026/06/23 (火) 07:56:31

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 「日本に帰ってくると、手元の資金が底をついていました。アルバイト情報誌を見ると『即金日払い8000円』という文字が目に飛び込んできました。それが荷揚げの仕事でした」

 前述の通り、荷揚げは大変な仕事だが、今村には耐える能力があった。スポーツインストラクターや某テーマパークでダンサーをしているという体力自慢がバイトに来てもすぐに逃げ出した。何人かのゲーマーが長く続くのは意外だった。

 しかし、今村はこの時点で30歳。前職の経歴も転職市場で十分に通用する。日雇い仕事で食いつなぐには若すぎる。

 「そう思います。1年ほど荷揚げの仕事をして、体がきついので、31歳のとき外資系のコンピューターメーカーに就職しました。今度は、法人にパソコンを売る営業でした。経験があったのでよく売れて、3カ月目の営業成績は社内で3番目でした。残業もなく定時で帰れる会社でした。ただ外資系の縦割り社会と息の詰まるような雰囲気は肌に合いませんでした。3カ月は試用期間で、4カ月目に入るとき『正社員になりますか?』と言われましたが、『私は会社を辞めます』と返事をして、それっきりです。2カ月後、その会社は日本撤退を決めたようでした」

 会社員に戻れる力はあったが、組織に勤めることに今村は拒絶反応があった。一度、日雇いの暮らしを知ると、飼い慣らされた月給取りの生活には魅力を感じなかった。

 今村に、荷揚げ屋で生き残れた理由を聞いてみた。

 「ポリシーはなく、なんとなく流されて、です。これを辞めたらどうやって食ってこうという人生設計も考えていませんし、切迫感はありません。ダラダラ続けていたら30年以上経っていました」

 2度目のサラリーマン生活を抜け出して以降は、主に荷揚げ屋で生活を成り立たせている。ビルやマンションなどの引き渡しは年度末である3月末が多い。それゆえ荷揚げの仕事は、4月、5月、6月は閑散期となる。その間、今村は、オフィスのイスや机を配送し、組み立てる派遣の仕事をしたり、貯金でしのいだりしている。

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