猫の掲示板

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ただの猫 2026/02/24 (火) 15:10:29

・・さらに 歴史は続く

天下人になった「豊臣秀吉」は 羽柴秀吉の時代 惚れ抜いた「お市の方」とは「叶わぬ夢」に終わったため

「お市の方」と「浅井長政」の間に設けた 茶々 初 江 の3人の娘のうち 長女だった「茶々」を 自分の愛人にする

この「茶々」が 豊臣秀吉の側室「淀君(茶々)」

豊臣秀吉の「正室」だった北政所(ねね)との間には「子供が生まれなかった」為 豊臣秀吉には 血が繋がった子供が おらず「後継ぎがいない」

そのため 豊臣秀吉は「後継ぎ」を作るため 側室・淀君(茶々)との間に嫡男を作る 

この嫡男は 秀吉の 血が繋がった息子だったため「豊臣鶴松」と名付け 後継ぎにする ところが 豊臣鶴松は 幼くして「病死」してしまう

こうして豊臣秀吉は「後継ぎを喪う」 そのため秀吉は 後継ぎを 作るため 姉の息子(甥)を

後継ぎにするため「豊臣秀次」と名乗らせ 後継ぎにする しかし 豊臣秀次は秀吉の 意のままにならなかったので

秀吉は 豊臣秀次に「出家するよう命じる」そのため 豊臣秀次は 自害してしまう

こうして 秀吉は またも 後継ぎを 喪ってしまう

他方 側室の淀君(茶々)と 秀吉は 親子ほどの年齢の差  淀君は まだ若く 要求不満

当時の平均寿命は 40歳~50歳が 平均寿命で 秀吉は 既に60代で 現代の平均寿命の80歳を過ぎた高齢者で

男性機能を失い 子供が作れなかった 当然 まだ若い淀君は 要求不満となり 秀吉の家臣だった「大野
治長」と 密通

淀君と大野治長との間に 男児が 誕生

そのため 秀吉は 淀君と大野治長との間に誕生した 血の繋がりが無い男児を 後継ぎにするため 

「豊臣秀頼」と名乗らせ 後継ぎに指名する

そして 秀吉「臨終の床」に伏し 織田信長と連合していた「徳川家康」を 臨終の床に呼び寄せ 徳川家康に 以下のように遺言する

「どうか豊臣秀頼を 豊臣家の天下人として大事にしてくれるよう」遺言する そして秀吉 死去

享年62歳

こうして 豊臣秀吉は 自分の血が繋がった後継ぎが出来ず、叶わぬ夢 辞世の句で こう詠んでいる

「露と落ち 露と消えにし 我が身かな 浪速の事は 夢のまた夢」

しかし 徳川家康は 秀吉の遺言では 秀吉とは血の繋がりがない豊臣秀頼を 正式な後継ぎ とは認めず

自分が 天下人になるため 豊臣秀頼に忠誠を誓っていた「石田三成」と「関ケ原の戦い」

勝利した 徳川家康が 天下人になり 徳川幕府(江戸時代)を築く

  以上で 歴史 ジ・エンド

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