ただの猫
bc1cef8172
2026/04/22 (水) 20:24:36
なぜ織田信長は、京都に逃げたのか
この室町時代 朝廷は「京都」に置かれ 朝廷の「正親町天皇(おおぎまちてんのう)」は 日本を平定する為
「戦乱の世を鎮め、世の中を平和に治めるため、京都を平定していた」
だから京都は「平安の都」だった
平安の都を、ヘブライ語で、エル・シャロームと言い「エルサレム(平安の都)」
だから織田信長は「平安で安全な京都」に逃れ 盟友の徳川家康と連合 軍勢を立て直し
浅井+朝倉を攻める
ここで織田信長は、自分を「裏切り敵」になった、近江の「浅井長政」を「攻める」
そのため越前の朝倉義景が 浅井長政を支援・・これが近江の姉川で「戦われた姉川の戦い」
しかし この姉川の戦いで織田信長が 浅井・朝倉を「滅ぼす」
この滅ぼした「浅井・朝倉」は、室町幕府「足利義昭の家臣で大名」
自分を「コロそうとした室町幕府の足利義昭・征夷大将軍」
こうして織田信長は 室町幕府を滅ぼし天下人になり「安土桃山時代」を築く
しかし織田信長は「征夷大将軍にはならなかった」
理由は、自分が擁立した「足利義昭」征夷大将軍を「織田信長が滅ぼした為」
だから「安土桃山時代」と言い 「安土桃山幕府」になっていない
通報 ...