日本チンは、世界一センスがない人種
鎌倉市では 大昔から残されれている自然を伐採
日本チンは、百姓でも木を伐採 自然の樹を伐採するのが「好きなノータリン」
日本人は 世界一自然を大事にしない民族で、都会に憧れる 世界一、ダサい田舎っぺ族
見出し・・【ナゼ】雑木林を伐採したら“大きな岩”が…古くから伝わる『たたり』の言い伝えも?鎌倉市の再開発で住民に広がる不安
変わり果てた雑木林
かつては目にもまぶしいほどの木々が生い茂っていた鎌倉の住宅地。しかし今、その雑木林はすべて伐採され、風景は一変しています。広大な敷地の中にぽつんと姿を現したのは、大きな岩のような存在。突然の変化に、住民からは驚きの声が上がるとともに、『たたり』を心配する声も聞かれました。いったい、この地で何が起きているのでしょうか。
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■雑木林を伐採も…住民から“不安の声
伐採された雑木林があるのは神奈川県鎌倉市。約800年前に源頼朝が鎌倉幕府を開いた場所です。しかし1333年、長年にわたり鎌倉幕府に不満を抱いていた武将・新田義貞が挙兵。わずか15日で鎌倉を攻め落とし、鎌倉幕府を滅亡に追い込みました。今回伐採された雑木林は、その古戦場跡にありました。
不安を語る住民
以前は木々がうっそうと生い茂っていましたが、2026年1~2月にかけて鎌倉市が約420本の木を伐採しました。その様子を撮影した住民は…。
(近隣住民)
「工事をしている人に伝えたんです。大きな木があったので、『たたりがないように気をつけて工事してくださいよ』って」
■市史にも記された『たたり』とは?
戦死者を弔う石塔『泣塔』
住民が特に気にかけているのは、雑木林の一角に立つ高さ2m3㎝の石の塔です。鎌倉幕府末期の激戦地となったこの地域の戦死者を弔うために1356年に建立されました。過去には、この周囲の土地を開発する際に、人の骨が出てくることもあったといいます。
そして、この石の塔には『泣塔(なきとう)』という呼び名があります。鎌倉市によると、かつて塔を近くの寺に移したところ、夜ごとにすすり泣く声が聞こえたため、元の場所に戻したといいます。それ以来、『泣塔』と呼ばれるようになったということです。
市史にも記された『泣塔』の『たたり』
また、戦前、旧海軍が『泣塔』の周辺を切り開き兵器工場を建設しようとした際、事故や異変が相次いだため『泣塔』周辺だけは残されることになったといいます。また、1959年発行の『鎌倉市史』にも次のように記されています。
“たたりありとされて、移動を禁ぜられている”
そんないわくつきの『泣塔』の周囲にあった雑木林が伐採されたことで、住民から不安の声が上がっているのです。
(住民)
「戦死者か、そのご家族の奥様たちが自害したんじゃないかって。『たたり』があるとか、工事関係者がケガするとか…そんなのあるんだったら、やたらいじれないですよ」・