何故? 織田信長が「比叡山焼き討ち令」を出したのか?
1)なぜ❓織田信長は「比叡山を焼き討ち」したのか?
比叡は「最澄」が比叡山の延暦寺で「天台宗」を開く
そして室町幕府の「上様である足利征夷大将軍」が「比叡山に天台宗」を「擁護」していた
そのため 比叡山の「僧侶」たちは 上様の足利征夷大将軍から「擁護」されていたので「権力を振い傲慢」になり 僧侶の癖に「槍を持ち戦闘軍団化」してしまう
色街に繰り出し 酒を般若湯と呼び 飲酒を正当化
遊女を「蓮の花」と呼び正当化 酒を飲み遊女と交わり、傲慢で代金を踏み倒していて 庶民を苦しめていた まさに「破戒僧」
他方 室町幕府は 13代征夷大将軍・足利義輝の頃から「衰退」に向かう
その為「天下人を狙う織田信長」は 室町幕府を「支配」するため「足利義昭」を征夷大将軍に「擁立」すれば 室町幕府は「手玉に取れる」為 足利義昭を15代征夷大将軍に「擁立」する
こうして「足利義昭」は「織田信長」から15代征夷大将軍に「擁立してもらう」
ところが、上様である足利義昭・征夷大将軍は、子供でも分かる 家臣である「織田信長」から手玉に取られ「利用」されているのは 馬鹿でも分かる
其の為足利義昭は、織田信長を「不届きな不忠義者」として成敗するよう家臣に命じる
そのため 織田信長と足利義昭は「敵対関係」になる
これは中国の「趙高」と「皇帝・胡亥」も 同じ
趙高が「秦王朝を支配する」ため 胡亥を2代目の皇帝に「擁立」する、その為 皇帝・胡亥は趙高から手玉に取られ「利用」されていたので 胡亥は「皇帝」として振る舞うため趙高を亡き者にしようとする
つまり胡亥と趙高は「敵対関係」になる
その為「趙高」が「秦王朝を支配する為」2代目皇帝・胡亥を「暗殺」し 秦王朝の最高指導者になったのと同じ
比叡山・天台宗は 室町幕府が「擁護」していたので「敵の足利義昭に味方」する 比叡山を滅ぼすよう「比叡山焼き討ち」を家臣に命じる
その為「織田信長の軍勢が」比叡山の仏閣を 悉く焼き討ち 僧侶,約3000人余り 惨殺
この比叡山の僧侶は槍を持つ「戦闘軍団」で 僧侶を惨殺したのではなく 敵のあそかが義昭宇に味方する「戦闘軍団」の僧侶たちを殺害
ところが「織田信長」と「甲斐の武田信玄」は 共に天下人を狙う「敵対関係」で 武田信玄は 家臣の「真田昌幸(さなだまさゆき)」に
織田信長の「比叡山焼き討ち」で 最高権威だった「天台座主・曼数珠院門跡覚恕(てんだいざす・まんじゅいんもんせきかくじょ)を犠牲にせず、救出するよう命じる
真田昌幸」とは元々。地方の無力だった「真田家」の子孫で 無力な「真田家」が 立身出世を目指し
有力な大名に出世するため 武田信玄の「家臣」になる この真田家の子孫が「真田昌幸」で
この真田昌幸の「息子」が 有名な「真田幸村」
真田昌幸は 主君・武田信玄から命じられ「天台座主・曼数珠院門跡覚恕」を比叡山焼き討ち っから救出する
こうして天台宗は滅びず。生き残る
ところが 歴史は そう単純には行かない
この比叡山の麓には、織田信長とは「敵対」する「一向宗の顕如」がいて 一向宗の顕如は、次は織田信長が 自分たち「一向宗」を滅ぼすと考え 織田信長に「対抗」するため
室町幕府の 足利義昭と織田信長は」敵対関係だったので 織田信長の敵である足利義昭:征夷大将軍を味方』に付け
織田信長と顕如の一向宗が「天下分け目」の決戦
織田信長・勝利 こうして織田信長は「一向宗」と「室町幕府」を滅ぼし、天下人に成り「安土桃山時代」を築く
・・・次は。なぜ「本能寺の変」なのか