なぜ織田信長は「比叡山焼き討ち令」を下したのか?
足利尊氏が築いた「室町幕府」は 次第に「零落」に向かう
「11代足利義輝・征夷大将軍」の頃、室町幕府は零落していたため「佐渡の金山」を抱えていた越後の大名「上杉謙信」が支えていた
このように室町幕府は「零落」していたので「諸藩の大名」は「落ちぶれた室町幕府」に忠誠を誓わず」諸藩の大名たちは
自分が「天下人」になり、自分の幕府を築くため権力闘争の「戦国時代」
そのため 三河の大名だった「織田信長」は 自分が天下人になるため 落ちぶれた室町幕府を「支配」するため
中国の「趙高」と同様に 秦の始皇帝の死後 自分が「秦王朝を支配」する為 始皇帝の遺書を偽造
始皇帝の末っ子(胡亥)を2代目皇帝にする遺言に「捏造」
こうして趙高が 2代目皇帝・胡亥を「手玉に取り」秦王朝を支配する
日本人識者は「井の中の蛙、大海を知らず」で実態が理解できていない
織田信長は、趙高と同じように「室町幕府を支配」するため「足利義昭」を15代征夷大将軍に「擁立」
そのため織田信長は、趙高が 2代目皇帝・胡亥を手玉に取り「秦王朝を支配」したように
室町幕府の15代征夷大将軍の「足利義昭」を手玉に取り「室町幕府を支配」
子供でも分かる・・手玉に取られていた「足利義昭・征夷大将軍」は、自分が征夷大将軍であるにもかかわらず
諸藩の大名・織田信長から「手玉に取られ利用」されていたので織田信長を「不届きな不忠義者」として諸藩の家臣(大名)に織田信長を「討ち取る」よう命じる
ここで越前の大名「朝倉義景」や 近江の大名「浅井長政」は 上様・足利義昭・征夷大将軍の「家臣」で
上様である足利義昭・征夷大将軍の「家臣」なので朝倉義景・浅井長政は、不忠義者の織田信長を討ち取るため
比叡山では 僧侶たちが 一向宗のように「戦闘軍団化」していたので味方に引き入れる
当然、比叡山は、織田信長の「敵」になる
「人間の心理」は 敵よりも敵に「味方したヤツの方」が「遥かに憎い存在」になるので
織田信長は 敵の足利義昭・征夷大将軍や 朝倉義景、浅井長政より 味方した「比叡山」が遥かに憎く
家臣に 比叡山の仏閣を「すべて焼き払い」「僧侶たちを皆コロ」し、するよう命じたのが「比叡山焼き討ち令」の核心
以上が なぜ織田信長が「比叡山焼き討ち」したのか、その理由
4ページの長文解説など必要ない 日本識者は なぜ?の核心を 簡潔明瞭に言えない