猫の掲示板

ここで書き込めます / 889

911 コメント
views
889
ただの猫 2026/04/27 (月) 10:42:54

歴史の無知な識者

>織田信長は本当に無神論者だったのか?比叡山焼き討ちの「真の理由」を史料

・・・現代社会は 金や物の「物質世界」だが 昔は 今より遥かに「純朴」で現代のように「学問」が発達していない時代

「運命は神頼み」で、戦国の武将は戦いで「勝利するよう神頼み」で「信仰心に篤かった」

因みに歴史家・井上鋭夫の著書「上杉謙信」では 謙信は生涯、70戦、戦ったといわれ

戦いに際し「鶴岡八幡宮』に祈祷文を奉納していて 今も上杉神社に残されている

織田信長の「先祖」は、越前の織田神社(剣神社)の神官で「信仰心に篤い武将」

ところが 比叡山の僧侶たちは 色街に繰り出し 酒を「般若湯」と称し、遊女を「蓮の花」と称し 傲慢に振る舞い「戦闘軍団化」していて

僧侶ではなく酒を飲み 遊女と交わっていた「破戒僧」どもで「生臭坊主」どもは 仏教の僧衣を着た「偽僧侶」として

比叡山の「仏閣」を悉く焼き払い 比叡山の生臭坊主(破戒僧)どもを皆コロし したのが「比叡山焼き討ち」

甲斐の「武田信玄」も 諏訪大社を「勝利に導く神社」として信仰していた武将

だから織田信長が 比叡山の僧侶どもを皆コロし、する「比叡山焼き討ち』に際し

家臣の 真田昌幸に「天台座主・曼珠院門跡覚恕」の救出を命じ 真田昌幸が無事救出したため

天台宗が破滅せず生き残る

戦国の武将たちは 戦いで 死ぬか生きるかの運命で 信仰は篤かった

通報 ...