明智光秀
日本人は学者でも「理解力に乏しい」
「幕府」とは「最大の力ある権力者」が「征夷大将軍」となり 日本全土を「支配」し
「他の武将たち」が征夷大将軍に屈服し 征夷大将軍が支配する「全国の領土」を忠誠を誓う武将に
分割して委ね「藩」とし「藩主」となる この藩主が「大名」
諸藩の 藩民たちは 藩主(大名)を「殿様」と呼び 諸藩の大名たちは征夷大将軍を「上様』と呼び忠誠を誓っていた
この上様(征夷大将軍)をサポートする役職を「幕閣」と言い
現在では上様(征夷大将軍)に相当するのが「総理大臣」で 総理大臣をサポートする役職が「内閣」
「幕府」とは 上様(征夷大将軍)と幕閣が「幕府」
現代では 総理大臣と 内閣が「政府」
幕府=政府
つまり征夷大将軍(上様)が最高権力者となった中央政権が「幕府」
室町幕府は 足利尊氏が初代の征夷大将軍となり、足利尊氏の子孫たちが累代の「足利征夷大将軍」
だから 各地の「武将・大名」は「幕府の征夷大将軍」に「忠誠を誓っていた」
明知光秀も武将として 越前の大名「朝倉義景」も 近江の大名「浅井長政」も「室町幕府」の足利征夷大将軍に「忠誠を誓っていた」
しかし 諸行無常・栄枯盛衰は世の習いで 室町幕府は 11代足利義輝・征夷大将軍の頃から、次第に衰退に向かう
幕府が「衰退」すれば 当然の成り行きで「諸藩の大名」は自分が「天下人」に成り。日本を支配したい」と思うのが当然で
三河の大名「織田信長」が 天下を取るため 足利征夷大将軍を「手玉に取り操り」室町幕府を「支配」するため
趙高が 秦王朝を支配するため「胡亥」を2代目皇帝に擁立 2代目皇帝・胡亥を「手玉に取り」秦王朝」を支配したように
織田信長も室町幕府を支配するため 15代征夷大将軍に「足利義昭を擁立」
足利義昭を「手玉に取り」利用
ここで「明智光秀」は 室町幕府の足利征夷大将軍に「忠誠」を誓っていたが「幕府零落」
零落している幕府の足利義昭・征夷大将軍に忠誠を誓うより 天下人を目指し 室町幕府の支配を目指す「織田信長」に仕えた方が立身出世できるので「織田信長」の忠臣になる
明智光秀は 知略ある武将で 比叡山焼き討ちでも、羽柴秀吉 柴田勝家より多くの戦功を上げ織田信長の「直臣下」になる
ところが 足利義昭・征夷大将軍は 織田信長から「手玉に取られ利用」されていたので 織田信長を「不届きな不忠義者」として諸藩の家臣(大名)に
織田信長を「討ち取る」よう命じる
その為 幕府の足利義昭・征夷大将軍に「忠誠」を誓っていた 越前の大名「朝倉義景」や近江の大名「浅井長政」が 不忠義者の 織田信長の首を討ち取ろうとする
ここで 足利義昭・征夷大将軍の「忠臣」朝倉・浅井は「比叡山」を味方に付ける
そのため 比叡山は織田信長の「敵」に成り、織田信長が「比叡山焼き討ち」
さらに姉川の戦いで 幕府・足利義昭征夷大将軍の忠臣。。浅井・朝倉を「滅ぼし」
室町幕府を「滅亡」 安土桃山時代を築く
ここで 織田信長の忠臣になっていた「明智光秀」は 元々 幕府の足利義昭・征夷大将軍に忠誠を誓っていたので
幕府の足利義昭・征夷大将軍に忠誠を誓い 主君の織田信長を「討ち取るべきか」
それとも主君・織田信長に忠誠を誓うべきか 迷うことになり 自分が 天下人になるため本能寺の変で織田信長を攻め 明知光秀が天下人になる
ところが織田信長の忠臣、羽柴秀吉が 天下人になるため 天下人になった明智光秀を成敗
天下人豊臣秀吉になる・・栄枯盛衰は世の習い・・諸行無常
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