なぜ織田信長は「比叡山焼き討ち」したのか?
目的は「天下取りの為」 日本識者は「文系脳」で 歴史を物語りの「小説」みたいに解説しているだけ
なぜ織田信長は「比叡山焼き討ち」したのか、分かりやすく「説明」
昔 日本映画「武士の一分」を見ていると 武士が問題を起こし、仲間たちが責める
それに対し、武士の女房が言ったセリフ・・何をしたのかが重要ではなく「何の為に」そうしたのか が重要ではありませんか
・・このセリフが「核心」
この歴史は「複雑怪奇」で理解しずらい
『上様』であり「足利征夷大将軍」の「室町幕府」は、栄枯盛衰は世の習い・・諸行無常で「衰退」に向かっていた
そのため「佐渡の金山」を所有していた「越後の大名・上杉謙信」は 衰退していた「室町幕府」の「上様だった11代足利義輝・征夷大将軍」に「忠誠」を誓い「支えていた」
しかし 他の大名たちは衰退している「室町幕府の足利征夷大将軍」に忠誠を誓わず
戦国時代で 大名たちは、自分が「天下人」になるとして政権闘争
三河の大名「織田信長」も同じで、衰退していた室町幕府を「懐柔・支配」して「天下人を目指す」
ここで、越後の大名「上杉謙信」と同じように 越前の大名「朝倉義景」や 近江の大名「浅井長政」は 室町幕府の「足利征夷大将軍」に「忠誠」を誓う大名
ところが三河の大名「織田信長」は 自分が天下人になるため、上様の足利征夷大将軍に「忠誠を誓わず」
手玉に取り 天下取りに利用する為 上杉謙信が 忠誠を誓い支えていた13代征夷大将軍・足利義輝の「弟」である「足利義昭」を 15代征夷大将軍として「祭り上げる」
足利義昭は、織田信長から、上様の征夷大将軍に「祭り上げて貰った」ので 織田信長の「言いなり」になっていた
しかし足利義昭は幕府の最高権力者である「上様」 織田信長は 家臣の大名
家臣の大名織田信長から「手玉に取られ」織田信長の「天下取りに利用」されていたので
織田信長を「不届きな不忠義者」として「征伐」するよう 家臣の大名に命じる
そのため 上様の足利義昭征夷大将軍に「忠誠」を誓っていた越前の大名「朝倉義景」と 近江の大名「浅井長政」が 不忠義者の 織田信長の成敗を目指す
だから 織田信長にとって「浅井・朝倉」は「敵」になり「姉川に戦い」で・織田信長と徳川家康の連合軍が 浅井・朝倉を滅ぼす
他方 当時 天皇の朝廷・室町幕府は 比叡山の天台宗を「庇護」していた為
比叡山の「僧侶たち」が「傲慢」になり「槍」を持ち 顕如が率いる「一向宗」と同じように
「戦闘軍団化」していて色街に繰り出し 酒を「般若湯」と称し 遊女を「蓮の花」と称し
酒を飲み遊女と交わり「破戒僧」になっていた つまり「比叡山」の僧侶は」僧侶ではなく 傲慢な「武士化」していて
代金を「踏み倒していた」そのため庶民が代金を要求すれば「武士」と同じように「無礼討ち」していたので庶民たちは、コロされまいとして 比叡山の僧侶たちに「ゴマすり」
だから 織田信長の比叡山焼き討ちで 僧侶だけでなく 僧侶たちにゴマする「庶民」まで 殺害した理由
そのため 幕府の足利義輝は 織田信長を成敗するため 戦闘軍団化していつぁ「比叡山」を味方に付ける
当然 織田信長にとって 敵の足利義昭に「味方した比叡山」は 敵の足利義昭よりも「憎い存在」になり 家臣の明智光秀 羽柴秀吉 柴田勝家に
比叡山の仏閣を 焼き払い 僧侶どもを皆コロしするよう命じたのが「比叡山焼き討ち令」
ところが 比叡山の「正覚院僧正・豪盛(しょうかくいん・ごうせい)は 織田信長を「見下し」
たかが諸藩の大名・織田信長が 天皇の朝廷が「擁護」する比叡山を「討つ力などない」として織田信長が「比叡山を襲うとは考えていなかった」
しかし 甲斐の大名「武田信玄」は 家臣の真田昌幸に命じ、天台宗の最高権威だった「天台座主・曼珠院門跡覚恕(てんだいざす・もんじゅいんかくじょ)を救出するよう命じる
しかし曼珠院門跡覚恕は、武田信玄による湧出を「拒否」 次のように述べる
・・続く