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ただの猫 2026/04/29 (水) 09:16:14

・・続く

、天台宗の最高権威だった「天台座主・曼珠院門跡覚恕(てんだいざす・もんじゅいんかくじょ)を救出するよう、家臣の真田昌幸(さなだまさゆき)命じる

しかし曼珠院門跡覚恕は、武田信玄による救出を「拒否」・・真田昌幸に 次のように述べている

「織田信長による比叡山焼き討ちが、まことなら この比叡山に末路が訪れたのである、来るべき時が来たのである 真田昌幸殿、この身を案じてくださる事は嬉しいが、なにとぞ捨て置れよ

愚僧は、この期に及んで、逃げよう等とは、露とも思っておらぬ」

僧侶として立派な覚悟に、感服した真田昌幸は 比叡山から曼珠院門跡覚恕を連れ出し、主君・武田信玄が、曼珠院門跡覚恕を「擁護」する

そのため 武田信玄と織田信長は「敵対関係」になり 武田信玄と織田信長が「天下分け目の決戦」

しかし 武田信玄は 持病の「労咳(肺結核)」が悪化 死去

そのため 織田信長は 武田信玄とは 戦わずして「不戦勝」

そして 織田信長が 比叡山焼き討ちで、天台宗の比叡山の僧侶たちを 討ち滅ぼしたので 一向宗の顕如は、次は織田信長が 一向宗を滅ぼすとして

織田信長と、一向宗の顕如が、天下分け目の「最終決戦」

織田信長が 一向宗を滅ぼし 遂に天下を支配する「天下人」になり 近江の「安土桃山城」を居城とし

室町幕府,崩壊・・「安土桃山時代」を築く

ある識者の解説文に登場する「甲陽軍鑑(こうようぐんかん)」とは 武田信玄の 武田家が 日々の出来事を記録していた「日誌」の事

上杉謙信の上杉家も 日々の出来事を記録していた日誌を「上杉年譜(うえすぎねんぷ)」と言う

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