猫の掲示板

ここで書き込めます / 953

1116 コメント
views
953
ただの猫 2026/05/02 (土) 08:30:05

 なぜ邪馬台国は 佐賀の吉野ケ里なのか

豊臣秀吉は 朝鮮出兵で 倭軍を 居城 大阪から出兵させていない

佐賀の「松浦郡」の名護屋城から倭軍を出兵させている

理由は対馬海峡を 渡ると すぐ朝鮮 最短距離

江戸時代 この佐賀の松浦には 漢族(中国人)の男がいて日本人の女性との間に誕生した男児が「鄭成功」で 父親が漢族だったので 漢族支配の「明王朝」に服属

台湾に渡り 当時、台湾を植民地化していたオランダの東インド会社を撤退させ 台湾は明王朝の領土になる

この佐賀の松浦のいた漢族の父親は「中国から朝鮮半島」を経由 対馬海峡を渡り
「佐賀の松浦」に居住していた

つまり「中国人」が「日本に来るルート」は「朝鮮半島を経由」対馬海峡を渡れば 日本の九州北部海岸に漂着

日本人は 世界一 頭が鈍感で 邪馬台国は 九州か? 畿内か?

歴史も理解できない NOタリン

「邪馬台国」とは 何処にあったのか?  

紀元前200年の頃 秦王朝滅亡 次は、紀元前200年から西暦200の頃まで「漢王朝」

ここで紀元前100年の頃 前漢の皇帝だった「武帝」が 領土拡大でユーラシア大陸の大部分を征服

その為、漢王朝の「漢族こそが 世界の「中心」となる「華」で・・中華と自称

他の民族は 夷(野蛮人)として「見下す」・・「華夷秩序の思想」が生まれる これが「中華思想」

・・これが謎を解くポイントになる

さらに朝鮮半島も征服 そのため 漢王朝は 朝鮮半島を統治・支配する為 朝鮮半島に行政機関の 楽浪郡 真番軍 臨屯郡 玄兎郡の4郡を置く

この4郡のうち 楽浪郡は朝鮮半島の 根本辺りで、現在は北朝鮮の首都 平壌の一帯が楽浪郡

そして中国で「一番古い歴史書」である漢書の東夷伝の こう書き残されている

「楽浪海中に倭人あり 100余国に分かれ・・」

つまり 朝鮮半島の楽浪郡の 東の海に倭人の国(倭国)があり」倭国は100余りの国々に分かれていた・・と言う意味

この漢王朝時代に 書き残された漢書(東夷伝)で 倭国(日本)が歴史上「初めて登場」する

これ以前 倭国(日本)は 歴史上「存在しなかった」

この漢王朝時代  倭国は「弥生時代」で 倭国は100余りの国々に分かれ西暦75年の頃 倭国の一国だった「奴国」の王が 漢王朝の皇帝に 朝貢(貢ぎ物)を献上

漢王朝の皇帝が 奴国の王を「倭国の王」として認める「漢委奴国王」の金印王爾を授けている・・漢王朝の歴史書に書き残されている

この「漢委奴国王」の金印王爾が 福岡の志賀島で発見されている

金印王爾とは 金で作られた国王を証明する印鑑(実印)だから 奴国は、九州北部の 福岡にあった

‥続く

 

 
 

通報 ...