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ただの猫 2026/05/03 (日) 08:36:35

なぜ 織田信長は「延暦寺焼き討ち」したのか

歴史は「複雑怪奇」で錯綜としているが 論理的に説明

日本は天孫降臨で 神が日本を作った「神の国」とされ この日本を造った神の子孫が 天の皇で「天皇」

天皇が日本で「最高の権威」

鎌倉時代 後醍醐天皇の大和朝廷が、日本全土を統制する「中央集権国家」

足利尊氏は、この朝廷の後醍醐天皇に忠誠していた ところが足利尊氏は「自分の世」を築く為 後醍醐天皇を「裏切り」 光明天皇を祭り上げ、京都の朝廷から後醍醐天皇を追放

追放された後醍醐天皇は奈良の吉野に逃れ 吉野に「南の朝廷(南朝)」を築く

足利尊氏が祭り上げた光明天皇は京都の朝廷で南朝に対し北朝・・これが 南北朝時代

しかし楠木正成 新田義貞は後醍醐天皇に忠誠を誓後醍醐天皇を裏切った 足利尊氏っを成敗しようとするが 逆に足利尊氏から返り討ちされてしまう

こうして朝廷は、光明天皇の北朝になり 光明天皇は足利尊氏から 朝廷の天皇にしてもらったので

光明天皇の威光により足利尊氏が「征夷大将軍」となり江戸の室町に「室町幕府」を築く

しかし仏教でいう「諸行無常」で、栄枯盛衰は世の習いで室町幕府は「衰退に向
その為 衰退していた幕府の13代征夷大将軍・足利義輝 に忠誠を誓っていた越後の大名「上杉謙信」が「支えている」

このように 最高権力者・。足利征夷大将軍に室町幕府は「衰退」していたので 家臣である大名たちは室町幕府の足利征夷大将に忠誠を誓わなくなった

三河の大名「織田信長」は室町幕府に忠誠を誓わず 足利尊氏が 自分の世を築く為 後醍醐天皇を裏切ったように

織田信長も 自分の世を築く為に「天下人」を目指し 13代征夷大将軍・足利義輝の弟だった「足利義昭を祭り上げ」 15代征夷大将軍に「擁立」する

秦王朝の 趙高が秦王朝を支配する為「胡亥を2代目皇帝」に擁立したのと同じ

胡亥は趙高から2代目皇帝に擁立してもらい趙高の「言いなり」になり

こうして趙高が秦王朝を言いなりに「支配」したように

15代征夷大将軍・足利義昭は織田信長から征夷大将軍に擁立して貰ったので織田信長の「言いなり」になっていた

ところが足利義昭は 室町幕府の征夷大将軍で「最高の権力者¥ それが家臣の大名・織田信がに従い言いなり

その為、征夷大将軍・足利義昭は 自分を「愚弄」していた織田信長を「不届きなる不忠義者」として 家臣の大名に「成敗」するよう命じる

こうして「足利義昭と織田信長」は「敵対関係」になる

しかし越前の大名「朝倉義景」 近江の大名「浅井長政」は室町幕府の征夷大将軍・足利義昭に忠誠を誓い 不忠義者で裏切り者の織田信長の成敗に向かう

つまり 織田信長にとって朝倉・浅井は「敵対関係」になり 織田信長は敵になった越前の大名・朝倉義景を攻める

しし近江の大名・浅井長政は・織田信長の「妹(お市)が女房で 浅井長政と織田信長は「姻戚関係」で浅井長政は 織田信長の味方

そのため 織田信長は 敵の 近江の大名・朝倉義景を攻める

しかし織田信長と浅井長政は 姻戚関係で 織田信長は浅井長政を 攻めていない

ところが 浅井長政は 足利義昭・征夷大将軍に「忠誠」を誓い織田信長との姻戚関係を「破棄」

浅井長政が 朝倉義景を攻めていた織田信長の後方から攻める そのため織田信長は朝倉と浅井から「挟み撃ち」され 信長は「窮地」に陥る

その為、信長の忠臣だった「羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)」が 主君・信長の「身代わり」となり朝倉・浅井と戦い 主君・信長を 安全地帯に逃がす
 

・・所要で 一旦 中断

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