意味が分かりにくい解説
タイトルでは お市には「2人の子供」になっているが 解説文では お市には「3人の娘」になっている
また 解説文そのものが分かりにくいので 興味が湧かない
次の投稿で分かりやすく説明
見出し・・兄・信長を裏切った夫でも「お市の方」は2人の子をつくったが…NHK大河とは異なる史実に残る夫婦の最後の別れ
女優の宮﨑あおいが、2022年10月25日に東京で開催された「第35回東京国際映画祭」の青山真治監督追悼特集として『エリ・エリ・レマ・サバクタニ』(2006年公開)のトークイベントに登壇 - 写真提供=WireImage/ゲッティ/共同通信イメージズ
1573年、織田信長は浅井長政の居城・小谷城を攻め落とす。歴史評論家の香原斗志さんは「発掘調査の結果から、炎上する城から市と3人の娘が逃げたというのは考えられない。むしろ彼女たちは、先に脱出していた可能性が高い」という――。
■お市の方はどうやって小谷城から逃げおおせたのか
このところNHK大河ドラマ「豊臣兄弟!」では、織田信長(小栗旬)が毎回、浅井長政(中島歩)への怒りを募らせている。織田家と同盟を結び、自分の妹である市(宮﨑あおい)を嫁に迎えておきながら、織田家を裏切って朝倉義景(鶴見辰吾)と結び、自分たちを苦しめている。それが許せないのだ。
第16回「覚悟の比叡山」(4月26日放送)では、ついに浅井・朝倉を支援し、信長の要請は無視し続けた比叡山延暦寺(滋賀県大津市)を焼き討ちした。そして、いよいよ第17回(5月3日放送)は「小谷落城」。裏切られてから3年余りを経て、信長はようやく宿敵となった義弟を斃(たお)すことになる。そのとき気になるのはやはり、市と娘たちがどうなるか、ということだろう。
もちろん、市がここで助かるのは周知の史実である。信長が本能寺に斃れたのち、柴田勝家と再婚し、翌年、羽柴秀吉が勝家を北庄城(福井市)に攻めると、今度は逃げずに夫と死をともにした――。
だから、ともかく小谷城からは逃げる。これまでの大河ドラマでも、小谷城の落城に際して、市と娘たちが逃げる場面は何度も描かれてきた。それは、燃え盛る小谷城から命からがら駈け下りる、と相場が決まっている。しかし、市はもっと余裕をもって小谷城を離れていた可能性があるのである。
■「事前に信長の元へ送られた」
「豊臣兄弟!」では、概ね次のように描かれる。信長が藤吉郎(池松壮亮)たちに、長政との和睦交渉と市の助命嘆願をすることを許したので、ついに小谷城に攻め入った藤吉郎は主殿に赴く。だが、長政は生き残ることを潔しとせず、市に逃げるように指示して、みずからの命は絶ち、小谷落城となった――。
だが、当時の記録は一般に、女性についての記述が少なく、市と娘たちがどのようにして生き延びることになったのか、同時代の史料からはわからない。寛永年間(1624〜44)に成立した『当代記』には、〈浅井長政の妻は信長の妹で、それゆえに、問題なく引き取られた(原文 浅井備前守妻女は信長妹也、然る間、異儀なく引き取られる)〉と書かれているが、いったいいつ、だれが、どこに引き取ったのか、さっぱりわからない。
貞享2年(1685)ごろに成立した織田信長の伝記『総見記』には、次のように書かれている。
8月29日の朝までに、(信長軍は)浅野備前守長政の居所を取り囲み、夜も昼もなく攻め続けた。長政には正室に3人の娘を産ませており、彼女たちをなんとかして助けたいと思ったので、藤掛三河守永勝と木村小四郎を従わせ、28日の夜には正室と3人の娘を信長のもとに送り届けた
原文 二十九日ノ朝マテニ備前守ノ居所ヲ囲テ、夜昼ヲモ継セス攻ル、備州長政ハ内室ニ三人ノ女子ヲ有リケルヲ、イカニシテタスケタク思ハレケレハ、藤掛三河守ニ木村小四郎ト云者ヲ輿添ニツケテ、廿八日ノ夜内室並ニ三人ノ女子ヲ信長公ヘ送リ越サル
■夫婦の最後の別れはもっと早かった
後世に成立した読み物なので、参考程度にしかならない。とはいえ、天正元年(1573)8月28日夜、すなわち小谷城が織田軍の総攻撃を受ける前夜、落城の前々日までに、市と3姉妹は信長のもとに送られた、という記述は気になる。
じつは、寛文年間(17世紀後半)に記された浅井側に立った読み物『浅井三代記』も、市たちが落ち延びた日は同様に、8月28日としている。その日に長政は市を呼び、「お前は信長の妹なのだから、なんの差し障りもないので、信長のもとへ送り届けよう」〔原文 汝は信長の娘(ママ)なれば何の仔細も候まし、信長の許へ送べし〕というと、市は一緒に死にたいという。
そこで長政は「いま花のように可憐な姫たちを死なせるなど不憫であるから、事情を汲んで逃げてくれ」〔原文 今花のやう成る姫共を害せん事も不便(ママ)なり、理をまげてのがれよかし〕と説得し、市たちは逃げた、という。
もし、これらの記述どおりであれば、いつも大河ドラマなどで流される、落城寸前の小谷城から必死に逃げる、という映像は、史実と異なることになる。