15代、足利義昭・征夷大将軍とは何者か
その前に「常識論」
何処の国でも「王位の継承者」は 王の長男が「皇太子」になり 王位を引き継いでいた
王の長男、以外の 次男 三男 四男・・には 王位継承権利がなかった
しかし長男(皇太子)が 病死 戦死した場合 次男が王位継承
徳川幕府の徳川征夷大将軍の継承も同じで 正室との間にできた・・長男、次男 三男、四男・・
このうち 長男が徳川征夷大将軍の地位を継承 他の次男 三男 四男・・は「諸藩の大名たち」に授けていた
諸藩の大名たちにとって 上様・徳川征夷大将軍の血筋を引いた子供を、授かるのは「大変な名誉」になっていた
この徳川征夷大将軍の子供で 長男だけが征夷大将軍になり 他の子供達は諸藩の大名に授けられたのが、名誉ある「徳川御三家」の大名
他方 徳川征夷大将軍は「無数の側室」を抱えていて側室との間にできた子供は 徳川征夷大将軍の継承権がなく
正室との間にできた子供が僅か 2人 3人の場合、全て疫病なので 死亡すれば 継承者がいなくなるので その「予備」として側室との間に子供を設けていた
然し正室との間にできた長男が 継承すれば 側室との間にできた子供は「不要」になるので 諸藩の大名に授けていた
これは征夷大将軍の血筋を引いている子供で 大名に取って「名誉」な事で 地位が上がっていた、この大名が「徳川御三卿」
室町幕府も同じ 12代征夷大将軍は 足利義晴で 長男は「足利義輝」で、次男が「足利義昭」
そのため 長男の「足利義輝」が13代 征夷大将軍になり、次男の足利義昭は 征夷大将軍の継承権がなく 出家、僧侶になる
上杉謙信も同じで、父親だった長尾為景は 臨終の床で 一番 末っ子の長尾虎千代に こう遺言
「お前は末っ子で 生涯 余の霊を弔え」
こうして 末っ子の長尾虎千代は、長尾家の菩提寺 林泉寺の住職 天室光育に預けられ 出家、僧侶になる
長尾虎千代とは 上杉謙信の 幼名
父親 長尾為景の 春日山城を引き継いだのが長男の 長尾晴景
同じように 次男の足利義昭も 出家 僧侶になる
ところが 天下取りを狙っていた織田信長は、室町幕府を「支配」するため征夷大将軍の継承権がなく 僧侶になっていた足利義昭を
15代 征夷大将軍に擁立 当然 諸藩の大名たちは、征夷大将軍の資格がない 足利義昭が上様の征夷大将軍になり
正統な 征夷大将軍ではない として 諸藩の大名たちは 忠誠を誓わなくなり
室町幕府 益々 衰退 ・・織田信長の「思う壺」
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結果だけ説明 結局 織田信長が 室町幕府を滅ぼし、天下人になり近江二安土桃山城を築城
しかし 織田信長は 自分が 足利義昭を征夷大将軍に擁立し 信長が 征夷大将軍の足利義昭を滅ぼし、室町幕府を滅ぼしたので、織田信長は「征夷大将軍にならず」 安土桃山幕府ではなく 征夷大将軍がいない「安土桃山時代」イタリック
次の天下人になった 豊臣秀吉も 征夷大将軍にはならず 主君・信長の「安土桃山時代を引き継ぐ」