: 経・論・釈 : : Rの会では、開祖の著書を拠り所にしているようです。新興宗教の場合、開祖や教祖の教えが第一にされているところが多いので、Rの会もそうなのでしょう。本来ならば、法華経という経典を拠り所にするべきですが、開祖の著書を取り上げていために、インドで編纂された法華経(サッダルマ・プンダリーカ・スートラ)とは異なる結果になっていると思えます。 : 仏教書には、経・論・釈があります。釈尊が説法した内容を記したものが経(スートラ)です。歴史上の釈尊が説法したことが、そのまま書かれているわけではなく、釈尊が亡くなった後に高弟子たちが編纂(へんさん)した内容です。よって説法内容の記録ではありません。インドで作られたものが経であり、中国や日本で作られたものは偽経だといわれます。 : 経の内容は難しいため、経の内容を分かりやすく論じたものが論書(アビダルマ)です。論書は、インドの高僧によって書かれました。説一切有部(せついっさいうぶ)のアビダルマ、龍樹(りゅうじゅ)の中論・大智度論(だいちどろん)、世親(せしん)の大乗成業論(だいじょうじょうごうろん)・唯識(ゆいしき)二十論などが有名です。論書は、経典の理解を助けるために書かれたのですから、論書だけを読むのではなく、論書と経典を合わせて学ぶ必要があります。 : 釈とは、経典と論書をさらに理解しやすいように書いたものであり、中国や日本の高僧によって書かれました。天台智顗(てんだいちぎ)・日蓮(にちれん)・親鸞(しんらん)・道元(どうげん)などの著書は釈書です。釈は、経典・論書の理解を助けるために書かれたのですから、釈書だけを読むのではなく、経典・論書を合わせて学ぶ必要があります。あくまでも経典が主であることを忘れてはいけません。 : 現代では、各宗派の僧侶、仏教者、学者、新興宗教の代表者などが、経典の解釈本を出しています。きちんと経典に合わせて解釈する人もいますが、自分の思想を発表している人も多いです。新興宗教では、自分たちの信仰を正当化するために、本にしているところもあります。解釈本は、経典の解釈をするためのものなのですから、独断と偏見によって綴るのは誤りです。特に「南無妙法蓮華経」を唱えるところは、法華経に基づいて学ぶ必要があります。 : : 経・論・釈 : :
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:編纂 した内容です。よって説法内容の記録ではありません。インドで作られたものが経であり、中国や日本で作られたものは偽経だといわれます。説一切有部 のアビダルマ、龍樹 の中論・大智度論 、世親 の大乗成業論 ・唯識 二十論などが有名です。論書は、経典の理解を助けるために書かれたのですから、論書だけを読むのではなく、論書と経典を合わせて学ぶ必要があります。天台智顗 ・日蓮 ・親鸞 ・道元 などの著書は釈書です。釈は、経典・論書の理解を助けるために書かれたのですから、釈書だけを読むのではなく、経典・論書を合わせて学ぶ必要があります。あくまでも経典が主であることを忘れてはいけません。
経・論・釈
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Rの会では、開祖の著書を拠り所にしているようです。新興宗教の場合、開祖や教祖の教えが第一にされているところが多いので、Rの会もそうなのでしょう。本来ならば、法華経という経典を拠り所にするべきですが、開祖の著書を取り上げていために、インドで編纂された法華経(サッダルマ・プンダリーカ・スートラ)とは異なる結果になっていると思えます。
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仏教書には、経・論・釈があります。釈尊が説法した内容を記したものが経(スートラ)です。歴史上の釈尊が説法したことが、そのまま書かれているわけではなく、釈尊が亡くなった後に高弟子たちが
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経の内容は難しいため、経の内容を分かりやすく論じたものが論書(アビダルマ)です。論書は、インドの高僧によって書かれました。
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釈とは、経典と論書をさらに理解しやすいように書いたものであり、中国や日本の高僧によって書かれました。
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現代では、各宗派の僧侶、仏教者、学者、新興宗教の代表者などが、経典の解釈本を出しています。きちんと経典に合わせて解釈する人もいますが、自分の思想を発表している人も多いです。新興宗教では、自分たちの信仰を正当化するために、本にしているところもあります。解釈本は、経典の解釈をするためのものなのですから、独断と偏見によって綴るのは誤りです。特に「南無妙法蓮華経」を唱えるところは、法華経に基づいて学ぶ必要があります。
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