: 無量義経とは : 無量義とは、数多くの教義のことです。キリスト教の聖書やイスラーム教のコーランに比べると、仏教の経典は、非常にたくさんあります。それぞれの経典には、それぞれに教義がありますから、教義の数は無量です。無量とは、量ることができない、ということです。なぜ、大量の教義が説かれたのか、その理由が、この無量義経で説かれています。
無量義経は、三章から成ります。徳行品第一・説法品第二・十功徳品第三です。徳行品が序分、説法品が正宗分、十功徳品が流通分(るつうぶん)です。序分は、その経典のプロローグで、正宗分は、その経典の中心となる章です。テーマとなる教えが説かれます。流通分は、説かれた教えを流布するようにと勧める章です。
徳行品では、菩薩・声聞・仏陀の徳と行が讃嘆されます。法華経でも、「供養(くよう)・恭敬(くぎょう)・尊重(そんじゅう)・讃歎(さんたん)」という言葉が何度も出てきますが、他者を讃嘆することは、重要なことだとされています。
説法品では、無量の教義のことが説かれています。仏陀は、人に合わせて教えを説いたので無量の教義になったのだといいます。しかし、無量の教義は一つの真実から生じています。その真実は何かというと無相です。このことは、説法品に詳しく説かれています。
十功徳品では、無量義経を学び、実践した者の功徳が説かれています。功徳を説くことによって、人々に流布を勧めています。 : : 無量義経とは : :
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無量義経とは
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無量義とは、数多くの教義のことです。キリスト教の聖書やイスラーム教のコーランに比べると、仏教の経典は、非常にたくさんあります。それぞれの経典には、それぞれに教義がありますから、教義の数は無量です。無量とは、量ることができない、ということです。なぜ、大量の教義が説かれたのか、その理由が、この無量義経で説かれています。
無量義経は、三章から成ります。徳行品第一・説法品第二・十功徳品第三です。徳行品が序分、説法品が正宗分、十功徳品が流通分 です。序分は、その経典のプロローグで、正宗分は、その経典の中心となる章です。テーマとなる教えが説かれます。流通分は、説かれた教えを流布するようにと勧める章です。
徳行品では、菩薩・声聞・仏陀の徳と行が讃嘆されます。法華経でも、「供養 ・恭敬 ・尊重 ・讃歎 」という言葉が何度も出てきますが、他者を讃嘆することは、重要なことだとされています。
説法品では、無量の教義のことが説かれています。仏陀は、人に合わせて教えを説いたので無量の教義になったのだといいます。しかし、無量の教義は一つの真実から生じています。その真実は何かというと無相です。このことは、説法品に詳しく説かれています。
十功徳品では、無量義経を学び、実践した者の功徳が説かれています。功徳を説くことによって、人々に流布を勧めています。
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