明治21年8月創刊の「うさはら誌」という文芸誌の情報を 「明治・大正・昭和期の文芸誌、新聞小説を読む」にアップしました。
「うさはら誌」の第7号(明治21年12月発行)より 誌面の中に「雲散晴誌」という表記が出てきますので、 「うさはら誌」と「雲散晴誌」は同じ雑誌と認識しています。
その一方、ページ内にも書きましたが、 高木文氏の「怒涛庵水蔭翁生涯の著作」(「水蔭行脚全集第8巻」所収)という文章の中に、 江見水蔭が明治20年8月発行の「雲散晴誌」に 「言問だんご」という作品を発表しているという記述があります。
この文章を引用したのか、その後のいろいろな書籍に 同様の情報が散見されるのですが、 「うさはら誌」の創刊前に、すでに「雲散晴誌」という雑誌が存在し、 明治21年8月に「うさはら誌」と改題創刊されたのか、 それとも高木文氏の記述自体が誤りなのか。
「うさはら誌」の第1号と第2号が明治21年の「8月」発行ですので、 単純に明治21年を明治20年と1年誤って記載されているのかと思い、 国会図書館にある第1号、第2号の内容を確認しましたが、 「言問だんご」はもとより、 江見水蔭、(別号である)怒涛庵、環翠子などの記載は見当たりませんでした。 (単純な見落としかもしれませんが…)
江見水蔭は非常に多作で、多くの別号(ペンネーム)をもっています。 このあたりのご事情をご存知の方はいらっしゃいますでしょうか。 いらっしゃれば、ぜひご教示ください。
宜しくお願いいたします。
明治・大正・昭和期の文芸誌、新聞小説を読む
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明治21年8月創刊の「うさはら誌」という文芸誌の情報を
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「うさはら誌」の第7号(明治21年12月発行)より
誌面の中に「雲散晴誌」という表記が出てきますので、
「うさはら誌」と「雲散晴誌」は同じ雑誌と認識しています。
その一方、ページ内にも書きましたが、
高木文氏の「怒涛庵水蔭翁生涯の著作」(「水蔭行脚全集第8巻」所収)という文章の中に、
江見水蔭が明治20年8月発行の「雲散晴誌」に
「言問だんご」という作品を発表しているという記述があります。
この文章を引用したのか、その後のいろいろな書籍に
同様の情報が散見されるのですが、
「うさはら誌」の創刊前に、すでに「雲散晴誌」という雑誌が存在し、
明治21年8月に「うさはら誌」と改題創刊されたのか、
それとも高木文氏の記述自体が誤りなのか。
「うさはら誌」の第1号と第2号が明治21年の「8月」発行ですので、
単純に明治21年を明治20年と1年誤って記載されているのかと思い、
国会図書館にある第1号、第2号の内容を確認しましたが、
「言問だんご」はもとより、
江見水蔭、(別号である)怒涛庵、環翠子などの記載は見当たりませんでした。
(単純な見落としかもしれませんが…)
江見水蔭は非常に多作で、多くの別号(ペンネーム)をもっています。
このあたりのご事情をご存知の方はいらっしゃいますでしょうか。
いらっしゃれば、ぜひご教示ください。
宜しくお願いいたします。
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