そうですね。
ここは下の連と対話っぽい形にしてたので、主語を変えるとちょっと色々変更が必要に(汗)。
(話者)
桜がぜんぶ散り切ったら、
私たちにはそれぞれ新しい名前がつく
この海を渡ったことなんて、まるでなかったかのように
(おじいちゃん)
生徒と先生じゃなくなる日か
患者と先生じゃなくなる日
そんなものがぼくらにも来るだろうか
こういうイメージでした。
しかし戒名は私も気づいてなかったのでちょっと勿体ないですね。
ちょっと考えます。
通報 ...
C
桜がぜんぶ散り切ってから私たちは
それぞれ新しい名前を与えられる
この海を渡ったことなんて、まるでなかったかのように
「与えられる」で戒名を連想しやすくなるかな…と例によって悪あがき。
おお…なるほど……
ちなみに、
>生徒と先生じゃなくなる日か
>患者と先生じゃなくなる日か
>そんなものがぼくらにも来るだろうか
にするとおかしいでしょうか。(くどい?)
見た目だけでいうときれいかなと思ったのですが。
やはりここは
「私」が「海を渡った」流れである以上、
いじらないほうがいいように思えました。
問題なければAのままでいきたいです。
すみません。ありがとうございます。
承知しました。
有意義な検討であったかと思われます!