仏道の『阿頼耶識システム』

学術論文(仏教学) / 71

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世親『法華論』における「第八:大菩提成就無上」から「第十:勝妙力無上」に至る解説の核心部分です。

特に「第八」は、『法華経如来寿量品第十六』の最も深い教理である「三身(応身・報身・法身)」の仏身論と、「如来蔵(衆生と仏の不二)」の関係を明かす極めて重要なテキストです。国訳等の伝統的な教学解釈(清水氏らの補足の精神)を踏まえ、文脈が通るよう正確に現代語訳します。

『法華論』第八〜第十の現代語訳## 【第八:大菩提(悟り)成就無上】

  • 八者示現成大菩提無上故。示現三種佛菩提故。
    「第八には、大菩提(仏の悟り)を成就することが最高無上であることを示現するが故である。[この寿量品においては]三種の仏の菩提(悟りの現れ)が示現されているからである。」
  • 一者示現應佛菩提。隨所應見而爲示現。如經皆謂如來出釋氏宮去伽耶城不遠坐於道場得成阿耨多羅三藐三菩提故。
    「一には、応仏(応身仏)の菩提を示現する。[これは仏が]衆生の機根(見られるべき状態)に応じて現されたものである。経(寿量品)に『[諸の天、人、阿修羅は]皆、今の釈迦牟尼仏は、釈氏の宮を出て、伽耶城を去ること遠からざる道場に坐し、阿耨多羅三藐三菩提(無上正等覚)を得たりと謂えり』と説かれるのがこれに当たる。」
  • 二者示現報佛菩提。十地行滿足得常涅槃證故。如經善男子我實成佛已來無量無邊百千萬億那由他劫故。
    「二には、報仏(報身仏)の菩提を示現する。十地(菩薩の最高位)の修行を満たし、常住の涅槃の証得を得たが故である。経に『善男子、我が実には成仏してより已来、無量無辺百千万億那由他劫なり』と説かれるのがこれに当たる。」
  • 三者示現法佛菩提。謂如來藏性淨涅槃常恒清涼不變等義。
    「三には、法仏(法身仏)の菩提を示現する。これはいわゆる如来蔵(すべての衆生に本来具わる仏性)であり、自性清浄涅槃、常・恒・清涼・不変などの意義をいう。」
  • 如經如來如實知見三界之相次第乃至不如三界見於三界故。
    「経に『如来は三界の相を如実に知見す……(中略)……三界が三界を見るが如くには、三界を見ず』と説かれるのがこれに当たる。」
  • 三界相者。謂衆生界即涅槃界。不離衆生界有如來藏故。
    「[この経文にいう]『三界の相』とは、『衆生の境界』がそのまま『涅槃の境界』であるという意味である。衆生の境界を離れて如来蔵(仏の本質)があるわけではないからである。」
  • 無有生死若退若出者。謂常恒清涼不變義故。
    「[経に]『生死の若(も)しは退、若しは出あること無し』とあるのは、[法身の]常・恒・清涼・不変の意義をいうが故である。」
  • 亦無在世及滅度者。謂如來藏眞如之體。不即衆生界。不離衆生界故。
    「また[経に]『亦(ま)た在世及び滅度する者無し』とあるのは、如来蔵たる真如の本体は、[迷える]衆生の境界そのものではないが(不即)、しかし衆生の境界を離れてあるものでもない(不離)からである。」
  • 非實非虚非如非異者。謂離四種相。有四種相者。是無常故。
    「[経に]『実(じつ)に非ず、虚(きょ)に非ず、如に非ず、異に非ず』とあるのは、[実・虚・如・異という]四つの相(固定観念)を離れていることをいう。これら四つの相を持つものは、すべて[変化する]無常の法だからである。」
  • 不如三界見於三界者。謂佛如来能見能證眞如法身。凡夫不見故。是故經言如來明見無有錯謬故。
    「[経の]『三界が三界を見るが如くには、三界を見ず』とは、仏・如来は真如の法身を正しく見、正しく証得しているが、凡夫にはそれが見えないということをいう。それゆえ経に『如来は明らかに見て錯謬(あやまり)無きが故に』と言われているのである。」
  • 我本行菩薩道今猶未滿者。以本願故。衆生界未盡願非究竟故。言未滿非謂菩提不滿足也。
    「[経に]『我が本(もと)菩薩の道を修行して成ぜし寿命、今も猶(なお)未だ尽きず』とあるのは、[仏の過去の]本願に依るからである。衆生の境界が尽きない限り、仏の救いの願いは[歴史的に]終わりを迎えない。したがって『未だ尽きず(未満)』と言うのは、仏の菩提(智慧)が満足(完成)していないという意味ではない。」
  • 所成壽命復倍上數者。此文示現如來命常善巧方便顯多數故。過上數量不可數知。
    「[経に]『所成の寿命、復(ま)た上の数に倍せり』という文は、如来の寿命が常住であることを、巧みな方便(善巧方便)によって『極めて大きな数字』として示現したものである。それは上の数量を超えており、数え知ることはできない。」
  • 我淨土不毀而衆見燒盡者。報佛如來眞實淨土。第一義諦之所攝故。
    「[経に]『我がこの土(浄土)は安穏にして……(中略)……衆生は焼尽して』とあるのは、報仏(報身)たる如来の真実の浄土は、第一義諦(最高究極の真理)に属するものであることを示している[から、世界の破滅に巻き込まれることはない]。」

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