場面は変わって次の章だ。
続けていい感じに肉付けしてくれ。
宮本武蔵
アドバンは、空観寺に帰ると鉄道模型店で買ってきたお気に入りのFEF-3 蒸気機関車をジオラマにセットして走らせた。
リクライニング・チュアーに腰掛けて、走っているゲージを飽きもせず眺めている。心が落ち着く空間に身をゆだね、次第にアドバンは深い眠りに入っていった。
気がつけば、アドバンは再び柳生の里に居た。柳生の里と言っても兵庫のいる時代の柳生の里である。
「武蔵、また遊びに来たか」
兵庫は嬉しそうに武蔵と酒を交わした。
「武蔵、剣術は楽しいか?」
兵庫に聞かれて、武蔵はしばらく考え、これまでの自分を振り返った。宮本村を出て、己の名を挙げる為に必死で戦ってきた。何人斬り倒して来ただろう。負ければ自分の命は無い。手段も選ばなかった。時には砂を相手の顔にあびせ、時には腕に噛み付き、生きるか死ぬかの殺し合いを幾度もなく演じて来た。
殺した対戦相手の娘から、「お父さんを帰して!」と翌日石を投げつけられた事もあった、いきなり後ろか「兄の仇、覚悟しろ!」と短刀を構えて襲い掛かって来た青年も居た。
毎晩そういった殺した対戦相手の子供や兄弟、親たちのうらめしそうににらみつける顔にうなされ、心が安堵する日が無かった。
しかし、ここ柳生の道場で十兵衛や兵庫と打ち合う剣術は、心の闇が晴れ、清清しい気持ちで心地よい汗を流せた。そして何よりもただ無心に竹刀を振ることで、時間がたつのも忘れた。ただ無心に剣を振り回し気がつけば、へとへとでくたくたで道場の真ん中で大の字になって天井を眺めていた。
そんな時、どこからともなく声がしてくる。
「我に生きるな 無心に生きろ」
しょぼくれた声だが、真理に満ちた声。武蔵はそれが今は亡き柳生石舟斎の声だと思っていつも聞いていた。そして勝手に親しみを込めて「じいさん」と呼んでいた。
「じいさん、剣術って何だ?」
最初のうちは、その返事は返ってこなかった。しかし、最近その答えが武蔵の頭に微かに聞こえてくる。
「心じゃよ。 剣術は心」
「武士の魂?」
はっ!と目が覚めた。
「また雄一朗さんに会いたいな」
そう思いながら爽快に走るFEF-3 蒸気機関車を「無心」で楽しむアドバンだった。