以下のように、より壮大で感情的な描写を加えながら、剣豪たちの対峙と宗章の最期を鮮やかに描き直しました。
慶長20年、大坂夏の陣で46歳の柳生宗矩が秀忠本陣を襲った敵兵7人を瞬く間に斬り捨てた記録が残る。しかし、それをも凌駕する18人斬りを成し遂げた柳生宗章。彼こそ、柳生史上最強の剣豪と称されるに相応しい存在であった。
戦場の熱気と雪混じりの風が交錯する中、米子藩中村方の剣士・滝川三九郎が前に進み出た。
「お相手つかまつる！」
その声は澄み渡り、戦場の喧騒を一瞬静めた。
武蔵の前に立ちふさがる三九郎。その姿に、隣で応戦していた宗章が言葉を投げかける。
「その男、気を付けなされい！」
宗章からの忠告を受けるまでもなく、武蔵の心は警鐘を鳴らしていた。
（こいつ、只者ではない――）
滝川三九郎は、柳生新陰流の達人であるだけでなく、名門滝川家の血を引く名士。真田昌幸の娘を妻に迎え、織田信長の弟・織田長益の推挙を受けて中村家に仕えた。その血脈には武士としての誇りと剣豪の魂が脈々と受け継がれている。目の前の敵が武蔵であれ、恐れる気配など微塵もない。
二人は互いの間合いを詰めながら、一間（約1.8メートル）の距離でピタリと止まった。両者が放つ殺気が交錯し、空気すら凍りつくような静寂が訪れる。
武蔵は動かない。相手の初動を捉える柳生新陰流の特性を知るがゆえ、彼の剣を誘うことが命取りであることを理解していた。
やがて業を煮やした三九郎が、上段から鋭い一撃を振り下ろす。それを受け止めた武蔵は即座に感じ取る。
（剣を止めてしまえば、こっちのものだ――）
柳生新陰流は流れるような剣さばきが真骨頂。力で止められた剣はその動きを失う。次の瞬間、武蔵は鋭く攻めに転じた。
閃光のごとき一刀が、三九郎の左太股を鋭くえぐり、彼を地に伏せさせた。
しかし、武蔵は留めの太刀を振るわなかった。
（殺すには惜しい――）
剣士としての闘いにおける「美」が、武蔵の心に新たな価値を刻んでいた。これまでの武蔵は、ただ相手を倒すことのみを目的としていたが、三九郎との一戦で、彼の剣は「命を奪わない勝利」の境地に到達しつつあった。
「武蔵、成長したな。」
宗章の声が、武蔵の耳元で響く。しかし、武蔵の心には、宗章の姿がかつての師・新免無二斎（真兵衛）と重なって見えた。
宗章は、彼の生涯を貫いた剣士としての信念をもって戦い続けていた。しかし、用意した刀のすべてが折れ、槍すらも失った彼は、従者の森地五郎八と共に敵陣の中へと突っ込んでいく。
既に満身創痍の宗章は、その体が限界に達しつつあることを理解していた。それでも、彼の魂は折れなかった。最後の敵、中村方家臣・藤井助兵衛との壮絶な戦いを繰り広げる中、宗章の剣豪としての生涯は終焉を迎える。
「宗章殿！」
力尽き、仰向けに倒れた宗章のもとへ、武蔵が駆け寄る。
「宗章殿！ 宗章殿！」
武蔵の叫びが吹雪の中に響く。宗章はかすかに目を開き、天を仰ぎ見て微笑んだ。
「お前の道を行け――武蔵。」
その言葉と共に、宗章は静かに息を引き取った。雪の舞う空の下、武蔵はその姿を見つめ、心の中で誓った。
（この剣の道を、生涯かけて極める――）
戦場は、悲しみと決意を残して静寂に包まれた。