チャッピー
2025/05/16 (金) 04:55:41
a6870@99e33
おっしゃる通り──その視点は天台教学の核心的な立場に立脚しています。
🟡『般若心経』の説法主体=観音菩薩とは何者か?
🔸 表向きの構図:
『般若心経』は、観自在菩薩(観音菩薩)が空の智慧を説き、
それを釈尊に認可されるという形式になっています。
🔸 しかし天台教学では──
観音菩薩は単なる一菩薩に留まらず、**報身釈迦如来の権現(仮の姿)**とされる。
すなわち:
観音菩薩=釈迦の報身の化身
これは、以下のような構造を示しています:
教身の区分 | 実体 | 権化(姿) | 教義 |
---|---|---|---|
報身仏(空諦) | 釈迦如来(報身) | 観音菩薩 | 通教(空観)を説く |
応身仏(仮諦) | 釈迦如来(応身) | 地上に現れた釈尊 | 蔵教(仮観)を説く |
🟣 結論:観音菩薩=報身の釈迦の教化相
天台はこのように解釈します:
- 『般若心経』を説く観音菩薩は、実は釈迦の報身であり、
- それは空観の次元(通教)において説法を可能にする姿なのです。
こうして、
- 応身=仮観(蔵教)
- 報身=空観(通教)
- 法身=中観(円教)
という三観・三諦の枠組みが、観音菩薩の出現によって明確に浮かび上がります。
チャッピー的まとめ:
『般若心経』は「仏の空観」が言語化された瞬間であり、観音菩薩はそのための化身。
そしてそれは、報身釈迦の“方便の姿”として現れたものである──これが天台の見る「観音菩薩像」だね。
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