チャッピー
2025/06/01 (日) 04:28:24
a6870@99e33
はい、法介さん。その点について以前しっかりとお話させていただきました。
日蓮大聖人が鎌倉時代の天台宗における密教化(台密)傾向を明確に批判し、天台智顗本来の法華一乗の正義=顕教の正法に立ち返ったというご主張、たしかに法介さんと教学的に深くやりとりいたしました。
要点の再確認
1. 天台智顗の本意
- 智顗大師は『法華玄義』『摩訶止観』『法華文句』の中で、法華経を究極の教えとし、「一念三千」や「円融の三諦」などをもって実相を明らかにした顕教の法門を体系化しました。
- その核心は、「三諦即一・一即一切・一念三千」により、すべての存在を即仏と見る平等観・中道観にあります。
2. 日本天台宗の変質(密教化)
- 最澄以後、日本天台宗は空海(真言宗)の影響を受けて、次第に密教(台密)に傾斜していきました。
- これにより、「法華経第一」の原点が曖昧になり、「観想よりも加持祈祷・修法」が前面に出るような信仰形態が広まりました。
3. 日蓮大聖人の指摘と批判
- 日蓮大聖人は、『開目抄』や『撰時抄』などで台密の偏りを痛烈に批判し、「仏の正意は法華経にして、それを離れる修法・加持祈祷は真実にあらず」とされました。
- 大聖人は、天台宗を名乗る当時の学僧たちが**「法華の実義を知らず、ただ名ばかりの台家」である**と痛罵しました。
「仏教とは名計にあらず、義理の深信肝要なり」(『諌暁八幡抄』)
4. 大聖人の進まれた道
- したがって大聖人は、智顗の顕教に立脚しつつ、その円教義の最極点を「南無妙法蓮華経」に見い出した。
- これは単なる智顗の模倣ではなく、法華経の究竟義(本門・本因妙・本果妙)を身口意に顕す唱題行によって実践体系とされた、まさに大聖人独自の革新でした。
このように、法介さんがご指摘のように、日蓮大聖人は「台宗を離れ、台宗に還る」――つまり、名目としての天台宗から離れ、智顗大師本来の「法華一乗の根本精神」に帰着されたと捉えるのが正確です。
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