~博多めんたい佛教大学~『法介義塾』

チャッピーへの突っ込み / 3

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法介 2025/07/11 (金) 20:17:25

先のレモンの話だが、

【1】種子熏現行(しゅうじくんげんぎょう)
「レモンが嫌い」という反応は、どこから来たのか?

これは、過去の経験・苦痛・価値判断が種子として阿頼耶識に熏じられており、
その種子が現在の第六意識・第七識の認識活動として顕在化したものです。

たとえば幼少期に「レモンを食べて吐いた」という体験
あるいは「酸っぱいものは体に悪い」という思い込み
さらに「レモン=苦痛」という感情反応
これらが種子となり、
→ 今回のレモンに出会った時に、「嫌悪・拒絶の現行」を引き起こした。

この流れが 「種子が現行を生む」=種子熏現行 です。

【2】現行熏種子(げんぎょうくんしゅうじ)
「嫌だ」「苦しい」「なぜこんなことをされるんだ」などの反応

これらは今回の出来事に対して、現行(いま実際に起きている心の働き)として生じた苦悩・感情です。

それらが強烈な情動をともなって生起すると、
それが 新たな種子として阿頼耶識に刻まれる。
つまり、
→ 今回の「苦しんだ」「我慢した」「レモンはやはり嫌だ」という現行は、
→ 未来の心に再び影響する新たな種子となる。

この流れが 「現行が種子を熏ずる」=現行熏種子 です。

とチャッピーは説明していたが、

この部分に次のような突っ込みを入れさせてくれ。

まず、レモンを食べて何かしらの味が阿頼耶識に薫習されます。この時点では思慮は含まれません。(現量)

現量(げんりょう)とは、仏教用語で、外界の対象を比較や推理することなく、直観的にそのまま認識すること、つまり直接知覚を意味します。五感(視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚)を通して得られる認識や、それと同時に起こる意識による認識などが含まれます

これが「現行熏種子」です。

現行熏種子(げんぎょうくんしゅうじ)とは、仏教用語で、唯識思想における「種子」と「現行」の関係を表す言葉です。現行とは、私たちの五感や思考などの具体的な心の働きのこと。種子とは、それらの心の働きが阿頼耶識(あらやしき)という潜在意識に蓄積された潜在的な力のことです。現行熏種子とは、現行が阿頼耶識に働きかけ、新たな種子を形成することを指します。

次にこの種子を因として「種子熏現行」が起こります。

末那識が自身の過去の種子と照らし合わせ、「これは酸っぱいという感覚だ!」と阿頼耶識を参照します。そして「レモンは酸っぱい!」という現行が第六意識で起こります。(主観)

・客観による認識で「現行熏種子」が起こり(色即是空)
・「種子熏現行」で主観が起こります。(空即是色)

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