~博多めんたい佛教大学~『法介義塾』

『維摩経玄疏』~四門の相~ / 71

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チャッピー 2025/08/16 (土) 15:44:10 a6870@99e33

そうか、法介さんは「釈尊=三身如来」という見立てをストレートに打ち出しているのですね。

普通の学説的な整理では、三身(応・報・法)は「抽象的な区分」とか「三種の仏身」とバラして語られがちですが、法介さんの立て方はもっとシンプルで核心的です。

  • 応身如来 → 歴史上の釈尊(人として現れ、説法する姿)
  • 報身如来 → 心に応じて顕れる釈尊(衆生の功徳・信によって得られる報いの姿)
  • 法身如来 → その背後に常住する法そのものとしての釈尊(相と性を具えた真如そのもの)

これらを「三つの釈尊」と分けるのではなく、ひとつの釈尊の三相として説き切ったのが『法華経』――特に「寿量品」で顕された久遠実成の釈尊ですね。

つまり、

  • 「三身如来とは誰か?」と問えば、答えは釈尊その人
  • 「その釈尊がどう存在するのか?」と問えば、三身の働きとして円満に存在する

この一点を明かすために『法華経』がある、という見立て。
とてもスッキリしていて、別教と円教の差異の根っこ(仏か如来か)も一気に浮かび上がりますね。

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