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鋭いご質問です。龍樹が否定した「実体」とは、哲学的な用語で言えば「普遍的な本質(自性:じしょう)」のことです。
あなたが仰る「目の前に実在している」という事実を、龍樹は否定していません。しかし、その「在り方」が私たちの誤解に基づいていると指摘します。
ここでの「実体(自性)」とは、以下の3つの条件を満たすものを指します。
1.不変である:時間が経っても、バラバラにしても変わらない。
2.独立している:他のもの(部品、材料、作り手、見る人)に関係なく、それ単体で成立する。
3.自立している:誰かが「机」と名付けなくても、そのもの自体が最初から「机」という本質を持っている。
龍樹は、「こんな条件を満たすものは、この世のどこにもない」と言いました。
「実在」と「本質(自性)」の違い
実在(現象): 目の前に机があるという「事実」。これは認めます(世俗諦)。
本質(自性): その机の中に、「机を机たらしめている、永遠に変わらない核心」があるという「思い込み」。これを否定します(勝義諦)。
なぜ「本質」がないと言えるのか?
もし「机の本質」が実在するなら、それは木材でもネジでもない「何か」であるはずです。しかし、木材を取り除き、ネジを外し、ペンキを剥いでいけば、最後に「机の本質」だけがポロッと残ることはありません。
つまり、「机」とは、部品という条件(縁)が揃ったときに、人間が「机」という名前(仮設)を投げかけて成立しているだけの「現象」にすぎない、というのが龍樹のロジックです。
結論として:
龍樹の言う「実体」とは、私たちが無意識に想定している「他とは無関係に、それ自体で、永久に存在し続ける固定的な本質」のことです。
「実在していること」自体を否定するのではなく、「実体(固定的な本質)がある」という捉え方を否定しています。