choriさん、質問(?)です。度々すみません。
① 前のめり以外の評が欲しいです!
② 詩の話をすると、よく「詩は分からないから」と返されます。なんかもうちょっと、「そこの角まがったら詩がある」くらいの距離感にはなれないもんかな~と思ったりします。choriさんはtwitterで詩のイベントをたくさんしていたと書かれていましたが、そういったオフラインのイベントで詩の裾野がひろがったな、と実感される事はございましたか?
詩のイベントを開くほどの能力は無いですが、言葉をたのしみませんか、みたいな動きをしていきたいです。できるなら。
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☆1.それはペアとして?山口さん個人としてですか?
☆2.オフライン=現場のイベントという認識で合ってますか?(「~そういった」だとオンラインの話に見えたので)
あっ、分かりにくい聞き方をしてしまい失礼しました。
★1. 両方お聞きしたいですが…!私が勝手に言っているので、個人としてでお願いしたいです。
★2. はい、現場のイベントです。(すみません、京都などで詩のイベントをされていた旨をtwitterに書かれていた、と書くべきでした)
☆1.山口さんの作品は前回ふくめ、基本「お題」とペアがある(いる)うえで読んでいますが、
「今は遣われていない言葉を生かす」が、ぼくの個人的な受け取り方としては「今は遣われていない言葉を使う」にとどまっているかなあ、と。
前回はしきちゃんが「わたしはわたし、あなたはあなた」ってかんじで捌いてて、
今回はみっしゃん(はった)がお母さん的にくるんでくれたところもあるようにおもいます。
まず、「なぜ今は遣われていない言葉を用いる意味や必然性があるのか」が見えてこない。
つぎに、その「今は遣われていない言葉を羅列しただけじゃない?」というかんじはあります(きつく感じたら申し訳ない)。
ご本人にそのつもりはないかもしれないけど、ぺダンチックに過ぎるというか、
「わたしはこんなにみんなの知らない言葉を知ってますよ」と聞こえちゃうところが、ぼくにはありました。
(ぼくはけっこう知ってるので「わーすごい」とかおもわない)
さておき、これだけ連打されるともうおなかいっぱいというか、
「今は遣われていない言葉を披露するため」の言葉の連なり、に見えます。
それで詩行、詩連としての強度があるならいいんだけど、
詩的表現への意識はあんまり感じられないので、ちょっともったいないなあ、と。
☆2.ちょっと誤読してましたごめんなさい!オンラインで3つ主宰をやっているのでそのことかなっていう。
そうですね、まず詩の裾野が広がるとは、という定義にもよるとおもいます。
ぼくは現場ではもう「人」しかないなとおもっていて。
(詩を読むだけというのは別として、現場における)ライトユーザーがほぼ存在しないのが詩やポエトリー・リーディングなので、オフラインでやるぶんには、ぶっちゃけ、一緒に飲んで仲良くなるとかがいちばん早いですね……。
1> わー、がっつり!ありがとうございます!課題山積ですね、がんばろう!
そして改めてしきさんとはったさんに感謝ですね…!
2> なるほど、「人」しかない…。ライトユーザーがほぼ存在しないという点が、やっぱりそうなんだなぁと。そこがなんとも…歯痒さを感じます。
お答え頂きありがとうございました。
ここは詩の話をしていい場所なのでもうちょっと言いますと。
山口さんの作品を読んでいて「呼吸をするようにそういう言葉が出てきちゃうから仕方ない」ならいいんだけど、
「そういう言葉を使うために”山口さんの詩”がある」ような印象を受けます。
それが良い悪いというわけではないだろうけど、
んー、たとえば頭の中に使わなきゃいけないor使いたい「そういう言葉」=お題が20個(※数にそこまで意味はないです)あってそれを当てはめてるかんじというか。
すごく失礼に聞こえたらほんとごめんなさい。
1000個持ってる感は、すくなくともここで読んだなかでぼくは感じませんでした。
じゃあ、どうしたらいいんだろうというと三通り考えられて。
a.それでもこのスタイルが山口斯なのだ!とするのであれば変な言い方ですがもっと難読に振れてもいいかもしれない
b.けれどおそらくそれは山口さんの本然ではないようにもおもうので、効果的に小出しにする
c.折衷案として、たいらかなパートと「今は遣われていない言葉」パートをはっきり分けてみる
というかんじです。
気を悪くしてほしくないんですが、現状だと「お題消化しましたあ(ドヤァ)」というふうにみえて
「えっ、別におれたちそんなお題出してないよ?」ってなっちゃうふしがあるかもしれません。
引き続き!アドバイスありがとうございます。
なるほどなるほど~。
3通りと仰りつつも繋がっている…。
自分の姿勢の転換点と思えば、それは3つともやった方がいいなと感じました。ちゃんと模索していくべきで。
ドヤ顔ムカつきますもんね。
ぼくはムカつかないけど(詩人はそもそもドヤァしてなんぼという感覚はあります。それがかっこいいかどうかは別として)、
なんていうんだろう、辞書を引きながらとまでいうとさすがに言い過ぎだとおもうけれど、
「山口さんの生きた言葉」になってないなあ、と感じるものがけっこう多かったので。
そもそも山口斯という詩人とは、という根源的な話になってくるのでデリケートかもしれませんが、
たとえば田中宏輔っていう”既存の詩や文章からの引用だけで詩をつくる”詩人がいて。
彼の場合、そこに自身がゼロから書いた言葉は皆無なんですけど、その引用元のセレクトセンスや、外国語作品の訳し方、組み合わせ方の必然性といったものが(個人的には)強度であり独自性としてものすごく伝わってきて。
たぶんそれがぼくだけじゃないのは、そのスタイルで何冊も詩集を上梓してるという結果(評価)にも看て取れます。
山口さんは、
a.今は遣われていない言葉の伝道師
b.裏芸として他の誰もやってないことをや(れ)る詩人
c.現代詩の新しいスタイルを提案します
ってかんじでしょうか。あえて先述のにコピーっぽいものをつけるなら。
むずかしいなあ!
むずかしいけど、でも、もし「言ってることはわかるけど、おれはほんとに今は遣われていない言葉を使いたいんだ」ってことであれば、振り切ったほうがいいとおもいます。
仮に「今は遣われていない言葉~」を自身のアイデンティティとするなら、
ぼくはそこに愛と執念(には個性がにじむので)がいまひとつ足りない気がしました。
「自分が知ってるもの」を提示している範疇にとどまっている。
それは、すごくきつく聞こえたらごめんなさい、ググったりすれば山口さんじゃなくてもできる。
でもぼくはこういう姿勢で書いてる山口さんはいいなあ、とおもいます。
そこにもう一声、もう一押しあるとてきめんに詩世界がふくらんだりのびたりするかなって。
そうですね~デリケートなところですねぇ。心揺さぶられています。ぐらぐら。
多分、aの途中なんですよね。昔は稚拙ではありつつもbだったんです。bの状態で、自分の考えとちらっと当時アドバイスとかもあり、aに舵を切った。でも、それが本然でないと見えるのなら、aを突き詰める勉強もしつつ、cも試してみるべきかなと。(そもそもどれを選んだとしても言葉を身につけていなければ話にならないと思いますし)
愛と執念ですね。それはね、ほとほと思います。
言葉が蘇る事ができるのなら、そこに私なんかは要らないなと心底思っていて、でもそれをするには私が必要なんですよねぇ。したいのが私なんだから。
遣いたいというよりつかわれたいんですよね。言葉に私を使ってほしい。全然足りない訳ですが。
今やっている事は拙いエンバーミングの真似事で、実際にやりたいのは錬金術で。そのギャップを埋めるのに、愛と執念が足りていない。
そう仰って頂けるの、光栄です。ありがとうございます。
もう一押しの道のりは長くて、気が遠くもなりますが、がんばらねば。
ご指導、感謝申し上げます。
「言葉につかわれる」という感覚があるのであれば、
そしてそれを自分に都合のいいようにそこを摂り違えずにいけるなら
きっとだいじょうぶです。
指導なんてとんでもない。御同行。