F26020
2026/07/19 (日) 21:14:02
bdb3e@60fc7
自分は森先生のぼっちのお話を聞いて、キティ・ジェノウィーズ事件の傍観者効果と少し似ていると思った。傍観者効果は周りに人が居るほど起こりやすいことから、ぼっち体験するといったら大抵集団で起こる場合が多いと思う。パズル実験では1人がよくぼっちになる人を見ていたと言っていたが、その他の人は「誰かが声をかえるだろう」と期待や無意識に考えてた思う。逆に、ぼっちになってしまう人も、「誰かが助けてくれる」と考えてしまう場合もあるのではないかと思った。自分も結構人見知りだからいかにぼっちにならないか実験してみたいと思った。
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傍観者効果とぼっち現象は共通するところがあると思います。傍観者効果の中核は何にかと言うと、他人の認識の中身は基本わからないこと、そのため他人の認識を表出された言動から推測し合うしかないこと、そして推測は現実に合致するとは限らないこと、ではないかと思います。ぼっち現象は、表出された言動が少なく(Xさんは発話も行為も乏しかったですね)、そのため問題事象が起きていることに誰も気づかないという出来事でしょう。推測を行なったと言うより、推測を発動させる刺激に乏しいのだと思います。キティ・ジェノウィーズ事件では叫び声とか物音とかがしていたのに、それを特別のことではないと推測したために起こりました。傍観者効果には責任の分散も伴います。あなたが言う、「誰かが声をかえるだろう」、「誰かが助けてくれる」だろうというやつですね。今回紹介した卒論でどうなっていたかは忘れましたが、生じていた可能性はあると思います。まとめると、言動の少なさ、推測、責任感の分散が、ぼっち現象を支えているものと思われます。
7点差し上げます。