ヤマノスしゃべり場

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隠れ秋田県民
作成: 2020/04/12 (日) 13:10:36
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1
隠れ秋田県民 2020/04/12 (日) 13:11:46

テストがてら、軽いお話でも。

「シロとタタラ」

2

この日も、いつもと変わらぬ日のはずだった。
シロとタタラの、いつものような食事、鍛錬、お喋り。
そしていつものように、どちらが怖い鬼らしいか比べ合う。
かまくらの中で、定番のやり取りをして終わるはずだった。

シロは突然、視界が大きくぶれるのを感じた。
気付けば、自分の顔と天井の間に、タタラの顔がある。
タタラが、シロの両腕を押さえ、馬乗りになっていた。

「油断したね、姫」
タタラの表情はわからないが、陰鬱な口調だった。
「本当に、私が怖くないって、思っちゃった?」
シロは、目を丸くしてタタラを見上げていた。

タタラが嘲笑うように言う。
「一人でいるから、こんな目に遭うんだ」
今日はもう、アオや与次郎たちが訪れる予定はない。
周囲には、まったく人の気配がなかった。

3

「怖いよね?なんとか言いなよ」
「…怖くねえ」
つぶやくような声だが、はっきり聞こえた。
事実、怯えも暴れもしないシロに、タタラは苛立った。

「は?嘘だね」
「おめえは、怖くなんかねえ」
今度は、まっすぐタタラを見て言った。
それが一層、タタラの感情に火を付けた。

「ふざけるなッ!私は鬼だ!恐ろしい果無の赤鬼だ!」
タタラが、思い切り顔を近付けて威圧した。
しかし、シロはひるまず、正面を向いている。
「怖くねえ!」

「もういい!あんたを殺すぐらい、わけないんだ!」
業を煮やしたタタラは、シロの首に手を掛けた。
「そして、パインの下へ帰る!」

タタラが手に力を込める。
それでもシロは、眉一つ動かさずに言った。
「だったら、なしておめえは、泣いてんだ?」

4

いつの間にか、タタラの両目から、涙が溢れていた。
流れた涙が、ぱらぱらとシロの顔に落ちる。
「違う!私は…ああああ!」

タタラは手を離し、悲痛な叫びを上げた。
顔を覆い、頭を掻きむしり、苦しげにうめく。
シロは、黙ってタタラを見上げている。
やがて、うめき声に交じり、言葉が聞こえてきた。

「こんなこと嫌、できない…でも…」
「私は仲間になれない…駄目なのに、なんで…」
「怖いって…言えよう…」
「姫ぇ…」

タタラは力なく肩を落とし、うなだれた。
「おら、殺されても、おめえを手放す気はねえ」
シロは静かに、力強く言った。

タタラの流す涙が、とめどなくシロの顔を濡らす。
このまま水の底に沈み、溺れてしまいそうな錯覚に陥る。
たとえそうなろうと構わない、とシロは思った。

5

かまくらの中で、タタラが眠りから覚めた。
寝返りを打つと、少し離れたシロと目が合った。
一足先に目覚めていたのか、横になったまま微笑んだ。
タタラが手を伸ばすと、シロも手を伸ばす。
荒れた手と白い手が重なった。
「不思議だな…」
「ん?」
「こんな手で、姫に触れてもいいのかな」
普段のタタラらしくない、卑下するような口ぶりだった。
シロがその手を取り、ゆるやかに引き寄せる。
「タダラ場の、仲間のために頑張った手だべ」
指を絡め、握る。
「おめえが思わねえでも、おら、誇りに思う」
両手でタタラの手を包み、なでる。
タタラの右目から、一筋の涙がこぼれた。
「姫…」
シロは、タタラの頭を抱きしめた。
その胸の中で、タタラは再び眠りに落ちていった。

6
隠れ秋田県民 2020/04/12 (日) 13:18:55

最近の本編や電書13巻を読んでたら影響されまくりです。
ただ、シロの方言がおかしくないか不安…
失礼致しました。

7
秋田LV3 2020/04/13 (月) 19:47:41

ヒャア!!!!!!!

8

はー、尊い……。
シロのバブみに籠絡されていくタタラがたまらん……。

11

過去を思えば、タタラはこの先ずーっと甘えてても
いいぐらいじゃないかと。

9
玲子 2020/04/13 (月) 19:54:50

シロ様の肌は蛇だから、ひんやりしっとりで絶対気持ちいいよね。いいなあ、らぶらぶ魅惑の捕虜生活。

12

基本的に体温低いんだけど、触れてるうちに
ぬくもってくるみたいな…想像が膨らみます。

10
秋田LV3 2020/04/13 (月) 21:25:25

画像1
これは人を駄目にする悪いヘビですよカテジナさん!!!!

13
隠れ秋田県民 2020/04/13 (月) 23:59:21

みんな優しい…ありがとうございます。
さらにはかわいいイラストまで。

一回ちゃんとぶつかってみ?ということで考えていきましたが、
終わったら後は引きずらない、これ大事。
以降は、いつまでも楽しく仲良くしててほしいです(おま言う

14
秋田LV3 2020/04/14 (火) 19:00:44 >> 13

SSありがとうございました!
特に、タタラの見た目は頑張った職人の証って部分に注目していただけて嬉しいです!
そしてそのせいで迫害された結果、見た目がコンプレックスになっちゃった部分までセットで!

15

原作のタタラは、自分の姿を誇りだとも醜いとも言ってましたが、
そんな矛盾したような気持ちは誰しも持ち得るでしょう。
それがバランスを崩しちゃった時、さりげなく自分を認めてくれる
友達が側にいたら、きっと嬉しいと思うのです。

16
隠れ秋田県民 2020/05/31 (日) 20:41:13

寝かせてた草案の中に稲荷たちの過去話もあったけど、
最近の本編とは全然違っちゃったなあ。
いや、元から矛盾だらけだったんですけどね。
まあまたパラレルワールドと言い張れば…

17
秋田LV3 2020/06/01 (月) 01:17:27 >> 16

どんなお話なんだろう…気になる~

ちな、うちの稲荷の詳細は本編でなんですが、お沢・泉光院・与次郎・アグリコあたりはわりと決まっていて、お沢が出羽にやってきたところから始まる感じです。
キツネが出羽稲荷と絡むようになるのは昭和からなので今回の話にはほぼ無関係。
赤沼・雪見は出羽稲荷のくくりには入りますが太平山がメイン。

あとは、クリムゾンや囚人番号『井の零零零零八零』みたいなのは端役なので無関係?
https://zawazawa.jp/yamachat/topic/1/152

18

四人とも出ますが、お沢とアグリコが中心です。
ただキャラ設定が本編とは違ってて、やっぱパラレルですわ。
半分以上はできてるので、盛り上がり必至な本家過去編が終わって
ほとぼりが冷めた頃にコソッと投下できればいいな~と(願望)

19
秋田LV3 2020/06/01 (月) 22:52:39 >> 17

楽しみにしてます~~😄

20

お沢様とアグリコ様が中心と聞いて、めちゃくちゃ楽しみにしています。

21

精一杯やりましゅ!
あるお方も仰ってましたが、結局、自分が読みたい話を
自分で考えてるわけで、それを楽しんでもらえるなら望外です。

22
隠れ秋田県民 2020/06/12 (金) 22:57:12

髪留め…

23
玲子 2020/06/12 (金) 23:41:32 修正 >> 22

なかよし…時代的にはなさげな髪留めだけど、そんなのどーでもいー。

24
秋田LV3 2020/06/13 (土) 01:22:06 >> 23

ほんと服飾知識に弱すぎるー

25

ま、まあ自分もコメントでヘアピンとか言ってたし。
今回は時代を考えて髪留めとしましたが。
ちな6月11日脱稿。ここからいじらないでおきます。
パラレルとはいえ、この先本編とどれだけズレていくか見もの。

26
秋田LV3 2020/06/13 (土) 10:27:06 >> 23

ピンクキツネ登場に期待🦊

27
隠れ秋田県民 2020/07/19 (日) 01:01:44

今日の午後にでも投下します…!
題材かぶりで気が引けてたけど、
しっかり休んで復活して頂くに当たっての
露払いというか、ささやかな埋め草にでもなれば…

28
隠れ秋田県民 2020/07/19 (日) 13:46:46

ヨシ!(現場猫
ではいきます。「亜久利子異聞」

この方々のお話です。
画像1

29

「また傷が増えたわね」
村の外れで、女が眉をひそめて言った。
前髪に付けた髪留めが、西日を受けて輝いた。

相手は、お沢稲荷。
古館山を拠点に、雄勝一帯を統べる女である。
左目の周りと右肩に、包帯が巻かれている。
妖を退治した際に受けた傷だった。

そうでなくとも、精悍な体のあちこちに傷跡がある。
しかし、本人は外見など気にしていない。
元々切り揃えられていたであろう髪はぼさぼさで、
長い後ろ髪を、後頭部で一つにまとめていた。

お沢が不敵に笑った。
鋭い右目で、不安げな女の顔を見つめている。

「いつものことだ。心配するなアグリコ」
「いつもだから心配するのよ」
“亜久利子”と呼ばれた女も、土着の神であった。

30

正徳の頃、杉宮の地に、アグリコはふらりと現れた。
それ以来、村の家々を助けて回り、非常に喜ばれていた。
村人たちと生活を共にして、もう五年になる。

一介の神に過ぎぬアグリコにとって、お沢は頼れる頭だった。
杉宮に居座った理由は、その膝元という点が大きい。
お沢もアグリコの評判を聞き、目をかけていた。
そうして、二人は親しくなった。

ただ、付き合いを続ける中で、お沢への印象が変わってきた。
荒事となれば、お沢は誰よりも先に飛び込んで行く。
ゆえに生傷が絶えず、時にはひどい怪我を負うこともある。
その度に忠告するのだが、行動を改めようとしない。

まるで自分の外見どころか、命にすら頓着がないようだった。
このままでは、いつか大変なことになるのではないか。
アグリコは、気が気でなかった。

「とにかく、もう危ない真似はよして」
そう言ったアグリコに、お沢は詰め寄った。
「体を売るのは危なくない、とでも言うつもりか?」
アグリコが、はっと息を呑んだ。

31

数日前、アグリコは夜鷹に扮し、旅の男に誘いかけた。
しかし寸前になって怖じ気づき、這う這うの体で逃げ出した。
お沢の耳に入るとは誤算だった。
変化していたし、人目もなかったので、油断していた。

「規律を乱す者は斬る。わけがあるなら言ってみろ」
お沢は、もう笑ってはいなかった。
アグリコは誤魔化すこともできず、うつむきながら話し始めた。

村の人々に尽くしてきた徳が、伏見に認められたこと。
正一位を賜ると決まったが、そのために莫大な金が必要なこと。
金策に走り回ったものの、どうしても十両ほど足りないこと。
全ての事情を説明した。

お沢が、ふうっと溜息をついた。
「そんなことで自分の身を…」
「そんなことって何よ!」
アグリコが、語気を強めた。

「あなたはいいわよ!ずっと昔から、稲荷だったんだから!」
「私みたいな神が伏見の目に留まるのは、大変なこと!」
「やっと認められた、報われたのよ!」
「こんな機会、私には、もうないもの…」

32

八つ当たりのようだと、自分でもわかっていた。
それでも言わずにはいられなかった。
抑圧していた悩み、苛立ち、思いを聞いてもらいたかった。
いつしか、目の前が滲んで見えていた。

しばらく黙っていたお沢が、口を開いた。
「村の者を頼ってはどうだ。肝煎に話せ」
アグリコは首を振る。
「私はずっと人間で通してきたし、こんな話、信じないわよ」

「夢枕に立つんだ。霊験を示せば、信じるだろう」
アグリコが、はじかれるように顔を上げた。
お沢は、穏やかな目をしていた。

「お前は、皆を信じろ。それとも」
また不敵に笑った。
「お前が苦楽を共にした連中は、そんなに薄情なのか?」

優しい婆様、剽軽な若者、話好きな娘…次々と顔が浮かぶ。
アグリコは、答える代わりに、お沢に飛びついた。
お沢は、左腕で軽々とアグリコを抱え上げた。

33

二ヶ月後、アグリコは伏見からの帰途にあった。
村人たちの協力を得て、無事に正一位を賜ることができた。
当初は、京をゆっくり見物してから帰るつもりでいたが、
やがて、早く故郷に錦を飾りたい気持ちが勝るようになった。

越後と出羽の境で、道の向かいから長身の男が駆けて来た。
アグリコの見知った相手だった。
「あら、与次郎ちゃん。迎えに来てくれたの?」
「た、大変だよ!」

健脚の与次郎稲荷に背負われ、アグリコは古館山へ向かった。
社で目にしたのは、意識を失い横たわるお沢だった。
首に巻かれた包帯は、赤い染みができている。
治療を行うために、後ろ髪がばっさりと切られていた。

「どうしてこんなことに…」
アグリコは顔を青ざめ、全身を震わせた。
お沢の眷属や近隣の神々から、話を聞くことができた。

前日、お沢は熊の妖と戦っていた。
激戦の果てにとどめを刺した瞬間、妖が最期の力で反撃した。
長く鋭い爪が、お沢の首を貫いたという。