そして、今回の議論からかなり重要な方向転換ができると思います。
それは、
「喧嘩とは本質的に何なのか?」
という問いを、一旦捨てることです。
なぜなら、
喧嘩/議論/煽り/荒らし
が互いに連続していて、明確な必要十分条件を作るのが難しいからです。
代わりに、
「我々はどのような目的のために、『喧嘩』『議論』『煽り』『荒らし』という区別を必要としているのか?」
と問う。
これは概念工学的にはかなり自然な方向です。
例えば、
「大会の参加資格を決めるためには、喧嘩と荒らしを区別する必要がある」
なら、その目的に十分な区別を作ればいい。
一方、
「ネット文化の歴史を記述するため」
なら、もっと曖昧なカテゴリーでもいい。
つまり、
本質的に正しい定義
ではなく、
特定の目的に対して役に立つ分類
を作る。
そうすると、今回の「ギャフン」はむしろ、
「本質を探すのをやめて、用途別に概念を設計すればいいのでは?」
という概念工学への入り口になると思います。
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11. 私なら、ここから「喧嘩の本質」を探すのを一度やめます
そして、今回の議論からかなり重要な方向転換ができると思います。
それは、
という問いを、一旦捨てることです。
なぜなら、
喧嘩/議論/煽り/荒らし
が互いに連続していて、明確な必要十分条件を作るのが難しいからです。
代わりに、
と問う。
これは概念工学的にはかなり自然な方向です。
例えば、
なら、その目的に十分な区別を作ればいい。
一方、
なら、もっと曖昧なカテゴリーでもいい。
つまり、
本質的に正しい定義
ではなく、
特定の目的に対して役に立つ分類
を作る。
そうすると、今回の「ギャフン」はむしろ、
という概念工学への入り口になると思います。