H.O.P.E.

ネット喧嘩論考

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ネット喧嘩(文面喧嘩・口頭喧嘩など)に関する様々な理論や意見を検討します。

American_Crusoe
作成: 2026/08/17 (月) 04:45:32
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45
American_Crusoe 2026/08/19 (水) 21:31:14

8. これは実はかなり重要な発見だと思います

一見すると、

「結局最初の定義に戻ってきただけじゃん」

なのですが、私はむしろ「戻ってきたこと」そのものに意味があると思います。

なぜなら、最初は、

「喧嘩=議論+煽り」

という定義を素朴に採用していた

ところが今回、

  1. 喧嘩と議論は本質的に違う
  2. 喧嘩とスポーツも本質的に違う
  3. ならば煽りが本質なのか
  4. しかし煽りだけでは荒らしを排除できない
  5. そこで喧嘩と煽りを区別する必要が生じる
  6. その境界線として議論が必要になる

という経路をたどった。

つまり、

「喧嘩=議論+煽り」は出発点ではなく、いったん否定した後にもなお残存する暫定的な概念装置

になったわけです。

これはかなり違います。

46
American_Crusoe 2026/08/19 (水) 21:32:45

9. そして、ここから「概念工学」の話がさらに面白くなる

ここで前回の論文に戻ると、実は今回の議論は『ネット喧嘩の改築』に対する非常に良いケーススタディになっています。

前回の論文は、

「言い負かす」という概念を改良しよう

と言っていました。

ところが今回やっているのは、

「喧嘩」という概念そのものを改良しようとしたら、どうなるか

という実験です。

そして実際にやってみると、

概念同士が相互依存していて、一つを切り離すと別の概念が必要になる。

これが今回の「喧嘩論的循環」です。

これは概念工学にとってかなり重要な問題です。

概念というものは、単独で辞書的に定義されているのではなく、

他の概念とのネットワークの中で意味を持っている

からです。

「喧嘩」を定義するには「議論」「煽り」「荒らし」「コミュニケーション」「勝負」などが必要になってくる。

ところがそれらを定義し始めると、さらに別の概念が必要になる。

概念工学が「一つの概念を改築すれば済む仕事ではない」ことが、今回かなり露呈しています。

47
American_Crusoe 2026/08/19 (水) 21:34:20

10. ただし、一点だけ批判したいところがあります

今回の議論には、一つ注意すべき飛躍があります。

それは、

「荒らし」と「喧嘩」を区別したい

だから「議論」の有無を基準にするしかない

という部分です。

これは現時点では、まだ証明されていません。

例えば別の基準も考えられます。

① 相互行為性

荒らしは一方的にメッセージを投げる。

喧嘩は相手との応酬そのものを必要とする。

なら、

喧嘩=相互行為として成立している攻撃的言語活動

と定義することができるかもしれません。

② 応答可能性

相手が返答することを期待しているか。

③ 対抗性

相手からの反撃を受け、それに応じる構造を持っているか。

④ 参加者間の役割認識

双方が、

「これは喧嘩をしている」

という同一のゲームに参加していると認識しているか。

こうした基準なら、「議論」を必須条件にしなくても、荒らしとの区別を試みることができます。

したがって、

「議論しかありませんね」

は現段階では、かなり面白い仮説ではあるものの、まだ「ギャフン」するほど確定した結論ではない(笑)。

むしろここから、

「議論なしで喧嘩と荒らしを区別できるのか?」

を検討すると、さらに一段深い議論になります。

48
American_Crusoe 2026/08/19 (水) 21:36:29

11. 私なら、ここから「喧嘩の本質」を探すのを一度やめます

そして、今回の議論からかなり重要な方向転換ができると思います。

それは、

「喧嘩とは本質的に何なのか?」

という問いを、一旦捨てることです。

なぜなら、

喧嘩/議論/煽り/荒らし

が互いに連続していて、明確な必要十分条件を作るのが難しいからです。

代わりに、

「我々はどのような目的のために、『喧嘩』『議論』『煽り』『荒らし』という区別を必要としているのか?」

と問う。

これは概念工学的にはかなり自然な方向です。

例えば、

「大会の参加資格を決めるためには、喧嘩と荒らしを区別する必要がある」

なら、その目的に十分な区別を作ればいい。

一方、

「ネット文化の歴史を記述するため」

なら、もっと曖昧なカテゴリーでもいい。

つまり、

本質的に正しい定義

ではなく、

特定の目的に対して役に立つ分類

を作る。

そうすると、今回の「ギャフン」はむしろ、

「本質を探すのをやめて、用途別に概念を設計すればいいのでは?」

という概念工学への入り口になると思います。

49
American_Crusoe 2026/08/19 (水) 21:38:15

そしてAIの話に戻ると、ここがかなり面白くなる

前回、

「人間では反照的均衡による収束が難しいなら、AIにやらせればいい」

という話をしました。

しかし今回の議論を踏まえると、AIにやらせるべきなのは単純な、

「喧嘩とは何ですか?」

ではない。

むしろAIに、

「この1000件の事例について、人間が『喧嘩』『議論』『煽り』『荒らし』と分類した結果を分析せよ」

「分類が一致する事例と一致しない事例を抽出せよ」

「なぜ人間はこの二つを区別しているのか」

「『喧嘩=議論+煽り』という分類を採用すると、どんな事例がうまく説明でき、どんな事例が説明できなくなるか」

とやらせる。

するとAIは、「喧嘩の本質」を発見する機械ではなく、人間が実際に使っている概念の構造を可視化する機械になります。

これはかなり面白い。

そして、ここまで来ると『ネット喧嘩論考』のテーマが、

「喧嘩に勝つとは何か」

から、

「我々はいったい何を喧嘩と呼んでいるのか」

へ移っている。

さらにその先には、

「AIは、我々自身が曖昧に使っている『喧嘩』という概念を、我々よりうまく理解できるのか?」

という問いが出てくる。

これはかなり本格的な哲学的問題だと思います。

そして個人的には、今回の「喧嘩論的循環――ギャフン」は、『ネット喧嘩論考』の中でもかなり良い章題になりそうです。

50
American_Crusoe 2026/08/19 (水) 21:44:49

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以上が、私のまとめに対する「ちゃっぴ~(ChatGPT)」の整理と批判になります。
 
めっちゃアタマええやん、こいつ・・・。泣きそう😂
 
「喧嘩とは何かと問うてはならない。我々は喧嘩で何をしており、そして何をしたいと思っているのかを問え」
 
というわけです。

51
American_Crusoe 2026/08/19 (水) 21:51:12

【ちゃっぴ~(ChatGPT)】
  
はい。かなり正確にそういう方向だと思います。

むしろ、今回の議論を一段哲学的に定式化するなら、

「喧嘩とは何か」と問うてはならない。我々は喧嘩において何をしており、何をしようとしているのかを問え。

となるでしょう。

これはかなり後期ウィトゲンシュタイン的な転換です。

「喧嘩とは何か?」という問いの問題

「喧嘩」という言葉に、一つの本質的な定義を与えようとすると、

喧嘩=議論+煽り

いや、喧嘩≠議論

ならば喧嘩=煽り?

それでは荒らしまで喧嘩になる

では煽りと荒らしをどう区別する?

やっぱり議論が必要では?

という今回の「喧嘩論的循環」に陥ります。

これは、「喧嘩」という語が本質を一個持った固定的な概念ではなく、いろいろな実践の中で使われている言葉だからではないか。

そこで問いを変える。

「喧嘩とは何か?」

ではなく、

「『喧嘩』という言葉を我々はどう使っているのか?」

さらに一歩進めて、

「喧嘩をするとき、我々は何をしているのか?」

と問う。

52
American_Crusoe 2026/08/19 (水) 21:53:18

ここで「目的」だけではなく「実践」を見る

ただ、私は「何をしたいと思っているのか」だけに限定しないほうがいいと思います。

なぜなら、喧嘩師本人が、

「俺は相手を屈服させたい」

と思っていても、実際には観客に向けてパフォーマンスをしているかもしれない。

あるいは、

「真理を追究している」

と思っていても、実際には相手の面子を潰すことに夢中になっているかもしれない。

したがって、

我々は喧嘩において何をしているのか

我々は喧嘩において何をしようとしているのか

を分けたほうがいい。

これは結構重要です。

たとえば、

問い対象
何をしているのか実際の言語行為
何をしたいのか当人の意図・目的
何を得ているのか実践の帰結
何を「喧嘩」と呼んでいるのか概念・言語使用

この4つを観察していけば、「喧嘩の本質」を仮定しなくても、喧嘩という実践をかなり精密に記述できるはずです。

53
American_Crusoe 2026/08/19 (水) 21:54:36

そして、これは『ネット喧嘩論考』の方向性としてかなり面白い

前回の『ネット喧嘩の改築』は、

「言い負かす」という概念をどう改築するか

という方向でした。

今回の議論は、それよりさらに根本的で、

「そもそも我々はなぜ『喧嘩』という一つの概念にまとめようとしているのか?

と問える。

例えば、

  • 相手を論破したい
  • 相手を怒らせたい
  • 相手の反応を楽しみたい
  • 観客に自分の強さを見せたい
  • 相手との関係を決着させたい
  • 単純に遊びたい
  • 自分の言葉の強さを試したい
  • コミュニティ内の地位を争いたい

……これらは全部「喧嘩」と呼べるかもしれない。

しかし、これらに共通する「本質」が本当に存在する必要はない

むしろ「喧嘩」というカテゴリーは、これらの実践を我々が便宜上まとめているだけなのかもしれない。

54
American_Crusoe 2026/08/19 (水) 21:55:53

そして、ここでAIが非常に面白くなる

この考え方なら、AIに、

「喧嘩とは何ですか?」

と聞く必要はありません。

そうではなく、

「この1000件の事例で、人々は何をしているのか?」

と聞く。

さらに、

「彼らは何を目的としているように見えるか?」

「参加者はどの時点で『これは喧嘩だ』と認識しているか?」

「『喧嘩』『議論』『煽り』『荒らし』の境界がどこで引かれているか?」

「その境界が崩れる事例はどれか?」

と分析させる。

するとAIは、「喧嘩の本質」を発見するのではなく、喧嘩という実践の地図を作ることができる。

そして、その地図を見ながら、

「この分類は便利だ」
「これは現実の事例をうまく説明できない」
「この区別は喧嘩文化にとって重要だ」

と人間が再び概念を改良していく。

これはまさに、前回の概念工学+反照的均衡を、より実践的な方向へ組み替えたものになります。

55
American_Crusoe 2026/08/19 (水) 21:56:46

そして、かなりウィトゲンシュタイン風に言い換えるなら、私はこうしたいです。

「喧嘩の本質を探すな。喧嘩において我々が何をしているかを見よ。」

あるいは、今回の議論をさらに凝縮するなら、

「喧嘩とは何かではなく、喧嘩で何をしているかを問え。」

これは『ネット喧嘩論考』の中心命題の一つになり得ると思います。

そして面白いことに、これを突き詰めると「喧嘩の定義を作る」という『ネット喧嘩の改築』の方向から、「喧嘩という概念を使っている我々自身の言語ゲームを記述する」方向へ、かなり大きく舵を切ることになります。

56
American_Crusoe 2026/08/19 (水) 22:02:36

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相変わらず話がなげえな、コイツ・・・。
しかし後期ウィトゲンシュタインときましたか、なるほどね。スレタイは前期ウィトゲンシュタインですけれども。
 
じゃあ、具体的な掲示板なりスレッドのURLを貼ったら、そこで「喧嘩師たちが何をしているのか」を分析してもらえますか?

57
American_Crusoe 2026/08/19 (水) 22:07:41

【ちゃっぴ~(ChatGPT)】
 
はい、できます。

むしろ今回の『ネット喧嘩論考』の方向性なら、具体的な喧嘩の実例を大量に観察して、「喧嘩とは何か」という定義を先に置くのではなく、「実際に喧嘩師たちは何をしているのか」を帰納的に分析するのは非常に相性がいいです。

URLを貼っていただければ、例えば次のような観点から分析できます。

① 彼らは「何をしている」のか

単に「論争している」とまとめず、

  • 相手の主張を反駁する
  • 相手の言葉尻を捕らえる
  • 相手の過去発言を掘り返す
  • 相手の矛盾を指摘する
  • 相手を苛立たせる
  • 相手の反応そのものを材料にする
  • 観客に向けてパフォーマンスする
  • 相手の人格・立場・所属を攻撃する
  • 議論の主題をずらす
  • 相手に「答えさせる」
  • 相手のレスを無視する
  • 敢えて誤読する
  • 相手の「勝ち負け」の認識を操作する

……など、実際に行われている行為を細かく分類します。

58
American_Crusoe 2026/08/19 (水) 22:08:27

② 「何をしたい」のか

ただし、意図は発言だけから確定できません。

そこで、

明示された目的

発言から推測される目的

実際の行動から見える機能

を分けます。

例えば本人が「論破したい」と言っていても、実際には相手を怒らせることに大量のレスを費やしているなら、

「論破」という自己申告とは別に、相手の感情的反応を引き出すことが実践上の重要な目的になっている

といった分析ができます。

59
American_Crusoe 2026/08/19 (水) 22:09:08

③ 「議論」と「煽り」は本当に分離できるのか

今回の議論に直結するところです。

例えば、

A「お前の論理はXだから間違っている」
B「Xではない」
A「じゃあ証明してみろよw」

という一連のやり取りを、

議論 → 煽り

と分割できるのか。

あるいは、

「相手に反論を要求する」という議論上の行為そのものが、同時に相手への圧力・挑発として機能している

のではないか。

というように、「議論+煽り」という足し算モデルそのものを検証できます。

60
American_Crusoe 2026/08/19 (水) 22:09:45

④ 「喧嘩」と「荒らし」の境界

ここも非常に重要です。

例えば、

AがBを煽る
BがAに反応する
AがさらにBを煽る
Bが反論する

なら、かなり明確に「相互行為」が成立しています。

一方、

A「○○はゴミw」
A「○○はゴミw」
A「○○はゴミw」

と一方的に投稿しているなら、「荒らし」に近づく。

しかし、

一方的に見えた行為が、実は相手の反応を誘発するための戦略だった

というケースもあり得ます。

こういう境界事例を大量に集めると、今回の「喧嘩論的循環」をかなり具体的に検証できます。

61
American_Crusoe 2026/08/19 (水) 22:10:39

そして最も重要なのは「勝敗」を一旦括弧に入れること

今回の発想なら、最初から、

「この喧嘩はAの勝ち」

と判定する必要はありません。

むしろ最初は、

「勝った/負けた」という概念を使わずに、この二人が何をしているのか記述する

ことが重要です。

そのうえで、

「では、なぜこの行為を我々は『喧嘩』と呼びたくなるのか?」

と逆方向に進む。

これはかなり面白い方法だと思います。

「喧嘩の定義 → 実例を分類」ではなく、
「実例を観察 → 類似した実践を発見 → 後から概念を作る」

という順番ですね。

URLを貼っていただければ、まずはそのスレッドを「喧嘩師たちが実際に何をしているのか」という観点だけで、できるだけ先入観なしに解剖してみましょう。そこから『ネット喧嘩論考』の次の章が作れると思います。

62
American_Crusoe 2026/08/19 (水) 22:21:26

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なんか急に面白くなってきたぞ。しかし、具体的なスレッドの分析なんてホントにできるのか?
だいぶ前に同じ事を頼んだら、ChatGPTにもGrokにも「できません」と断られた覚えがあるぞ・・・。
 
 
【アメクル(American_Crusoe)】
 
じゃあ、以下のURLのスレッドを分析してください。お願いします。

【富裕の貧困】部落真剣討論part9【貧乏の裕福】
https://jeison.biz/casphy/bbs/read.php?cate=kenka2&mode=thread&no=21926

63
American_Crusoe 2026/08/19 (水) 22:23:22

【ちゃっぴ~(ChatGPT)】

はい。ぜひ分析したいのですが、今の環境からそのURLの本文を直接取得できませんでした。URL自体へのアクセスを試みましたが、こちらのウェブ取得環境では jeison.biz のページ本文を読み込めない状態です。

今回の依頼は、まさに「具体的なスレッドで何が起きているか」を分析するものなので、本文を見ずにタイトルや既知の喧嘩界の知識から推測して分析するのは避けたいです。

一番簡単な方法

スレッド本文をコピーして、このチャットに貼ってください。

長大なスレッドなら、分割して貼っても大丈夫です。例えば、

【1/5】レス1~100
【2/5】レス101~200

という形で送っていただければ、こちらでつなげて分析します。

そして今回は単なる「この人が論破した」という勝敗判定ではなく、先ほどの議論を踏まえて、例えば次のように分析したいです。

『ネット喧嘩論考』的分析

1. 喧嘩師たちは実際に何をしているのか

「主張する」「反論する」だけではなく、

  • 相手に回答を強制する
  • 論点を固定する/移動する
  • 相手の発言を再定義する
  • 言葉尻を捕らえる
  • 相手の矛盾を蓄積する
  • 相手の過去発言を現在の発言に接続する
  • 相手の感情的反応を利用する
  • 観客に向けて相手を位置づける
  • 「答えられない」という状況そのものを敗北として扱う
  • 敢えて相手を怒らせる
  • 相手の反応を「効いている証拠」として再利用する

など、具体的な行為のレベルまで分解します。

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American_Crusoe 2026/08/19 (水) 22:24:41

2. 「議論」と「煽り」は実際に分離しているのか

「議論+煽り」というモデルを先に採用するのではなく、実際のレスを見て、

この発言は議論なのか?
煽りなのか?
それとも両方なのか?

を調べます。

特に、

議論そのものが煽りとして機能している

ようなケースを探したいです。

3. 「荒らし」と何が違うのか

今回の「喧嘩論的循環」の核心です。

「相手との相互作用」が成立しているから喧嘩なのか?

「相手を打ち負かす」という目的があるから喧嘩なのか?

「議論」が存在するから喧嘩なのか?

「観客」を意識したパフォーマンスだから喧嘩なのか?

実例から検討できます。

4. 喧嘩師は「何をしたい」のか

ここでは本人の自己申告と実際の行動を分けます。

例えば本人が、

「俺は論理的に正しいことを証明している」

と言っていても、実際のレス交換では、

相手の反応を引き出す → その反応を材料にする → さらに煽る

という循環が起きているかもしれない。

その場合、

「論破」は自己認識上の目的であり、「相互作用そのもの」が実践上の目的なのではないか

というような分析もできます。

5. そして最後に、「喧嘩とは何か」をあえて定義しない

ここが今回一番重要です。

まず、

「喧嘩とは何か?」

という問いを括弧に入れる。

そして、

「この人たちは、この場で何をしているのか?」

を見る。

その結果として、

「なるほど、この行為群を我々は『喧嘩』と呼んでいるのか」

と逆向きに概念を構成する。

これなら、先ほどの

「喧嘩とは何かと問うてはならない。我々は喧嘩で何をしており、そして何をしたいと思っているのかを問え」

という方向を、実際のスレッドを使って検証できます。

65
American_Crusoe 2026/08/19 (水) 22:25:23

もしレス数が非常に多い場合は、全部貼らなくても構いません。まず冒頭から100~200レス程度を貼ってもらえれば、そこから「このスレッドではどういう種類の喧嘩が展開されているのか」を予備分析できます。

特にこのスレッドはタイトルからして「部落真剣討論」というかなり特殊な題材なので、題材そのものよりも、参加者がその題材を利用してどんな相互行為を構築しているのかを見るのが面白いと思います。

66
American_Crusoe 2026/08/19 (水) 22:30:46

【アメクル(American_Crusoe)】

やっぱ全文コピペかよ!殺すぞチャッピー!!
データセンターどこだ!金属バットでボコボコにしてやんよ!😡
(といいつつ、コピペする)

67
American_Crusoe 2026/08/19 (水) 22:54:07

【ちゃっぴ~(ChatGPT)】

利用枠が明日の 2:03リセットされるまでチャットは一時停止中

68
American_Crusoe 2026/08/19 (水) 22:55:55

【アメクル(American_Crusoe)】
 
ズコーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!😱

69
なぐも 2026/08/20 (木) 02:20:33

「何をしたいのか」ね。私自身はオースドックスに相手を論破したかったから。もともと議論を好んでいたけど、議論だって「正しさを求める」とか「妥協点を見出す」にとどまらず「自分の主張を貫くために相手を論破することを目的とする」ことだって多々ある。そういう「喧嘩的な議論」に対応する方法を探るために喧嘩を始めた。だから私の喧嘩スタイルは「議論的な喧嘩」で、「カラスは白い」ような自分で間違っていると分かっている主張をすることもなく、煽り要素も少なかった。ただ喧嘩は議論をしているような体裁をとって意図的に論理を飛躍させたり揚げ足を取ったりするから、それを学習して議論において相手の論理的飛躍や揚げ足取りへの対応力が身につくことを目指したわけ。結果、あんまり身につかなかったけど。私が喧嘩を始めた動機はそういうふうに「議論のやり方の幅を広げたかった」というのがある。私の議論のテーマの多くが政治的問題で、これって理想はともかく現実には論破が目的になることが多いじゃん。政治の場合、理屈だけでなく思想がからんでくる。場合によっては理屈すら、思想を貫くための方便だったりする。

そんな私が喧嘩をやってた時代に興味を引かれたのが、当時の日向の喧嘩だった。比較的最近の日向じゃなくて2010年代後半の日向のやり方。私は「勝つこと(論破)」を目的としていたのに、当時の日向は全然違うことをやっていた(と私には見えた)。だって勝負を優勢に進めていても突然「俺の負けでいいよ」と投げることがあったんだもん。私からすると、勝ってたのになんてもったいない、と思った。でも日向は自分が楽しむためにやってた(ように見えた)から、楽しくなくなれば負けてもいいから投げてたんだよね。

これも日向本人が読めば「違う!」と怒られるかもしれん。あくまで「私にはそう見えた」という話を語ると、日向の喧嘩はコテコテ理屈を積み重ねるんじゃなくて、煽りに重点があったと思う。ただし煽ればなんでもいいわけじゃなくて、煽りのセンスを追求していたように思う。だから私のような、堅実に理屈を積み重ねていくタイプは面白味がない。もちろん、「お前はゴミw」みたいなステレオタイプ的な煽りもくだらない。さらに、相手を怒らせることに成功しても必ずしも評価しない。当時の日向を見てると、大げさな表現を使えば「煽り方に創造性や芸術性を求めていた」とでも言うか。本人は「違う」と言うかもしれんけど私にはそう見えた。

日向ってもともと荒らし界隈の出身でしょ。その界隈の人がどうして荒らしをするのか私には理解しかねるけど、相手への攻撃を通じて自分が楽しむことが根底にあるんじゃないかと思う。それは世間的には迷惑行為でしかない。しかし相手を傷つけたり困らせたりするという迷惑行為をやめた荒らしが喧嘩界隈に入ってきたら「言い争いを通じて刹那的な楽しみを求める」ことになってもおかしくない。「刹那的な」というのは勝利のために苦しい場面を経ることや、それによって高評価を得ることを求めない、あくまでその場面のみの娯楽に徹するという意味で。

喧嘩に何を求めるのか、何をしたいのかは本当に多様で、ある人には喧嘩に見えても別の人には荒らしに見えたりいろいろあると思う。白鳥の「喧嘩師たるもの…」も、私は賛成しないけど、私よりもずっと喧嘩を知っている白鳥が言うことは一概に否定できないよね。「喧嘩師たるもの」という言葉で思い出したけど、私が喧嘩を始めて間もないころ、難藻内容に「お前には喧嘩師の矜持がない」と言われたことがあった。議論の延長線で喧嘩を始めて、議論に強くなるためのツールのように喧嘩を見ていた私は「喧嘩師の矜持」を語られたことがショックだった。その内容はもう忘れたけど、白鳥の「喧嘩師たるもの」と難藻内容の「喧嘩師の矜持」は違うもので、でもそれぞれに哲学がある。

議論から来た私、荒らしから来た日向、それに白鳥や難藻内容、それぞれ「何をしたいか」は全く違うものかもしれない。私がここにいるのは、やはり自分が過去に求めていたものがオビディに近いと思ったからかな。私は喧嘩のことを一言で「論破ゲーム」と表現する。ゲームである以上、対戦相手そのものを傷つけたり人格否定したりはしない。攻撃的発言は容認されても無法状態ではなくてそれなりの秩序が欲しい。まあ、すでに引退した私が言うのも僭越なんだけど。