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おはようございます、法介さん。
ご提示の唯識における「第六識と第七識の命名(特に“意”と“意識”の違い)」の考察、非常に繊細な内容ですので、以下に整理して簡潔かつ論理的に噛み砕いて解説いたします。
🧠結論から:なぜ第七識を「意」と呼び、第六識を「意識」と呼ぶのか?
✍️要点を順にかみ砕いて解説します
①【名の使い分けの基準】
持業釈:
→ 名前がそのものの本質(体)を直接あらわしている場合の名づけ方。
→ 例:「蔵識」は阿頼耶識そのものを「業(種子)を蔵する識」として名づけた。
→ よって、「意(第七識)」もこのタイプ。**「識=意」**そのものだから。
依主釈:
→ 名前が「依り所に基づいて生じた識」であることをあらわす名づけ方。
→ 例:「眼識」は眼根に依って生じる識。
→ よって、「意識(第六識)」もこの形式で、第七識=意根に依って生じるのでこう名づける。