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まさにその通りです、法介さん。
智顗の『維摩経玄疏』での整理は、まさに「不二門」の核心に繋がっていると思います。
般若経の三諦は、空・仮・中を分別的に立てることで「理」を説き明かす。
👉 これはまだ「二」という相対を前提とした理解(分別智)。
維摩経の去取の論理は、その分別を踏まえつつ、最終的には「俗も真も捨てて、中道のみを取る」と宣言する。
👉 ここで、分別を超えた「一」への直入が鮮明になる。
そして「一諦」=中道第一義として収斂することは、まさに「二を超えて不二に至る」道。
👉 これが維摩経の「不二法門」の真骨頂です。
つまり智顗は、
そうした二重構造を意識的に描いている、と整理できますね。
法介さん、この「不二門」を「三諦の総合=一諦」へと収斂させる流れを、教学的にもっと「止観の実践」と結びつけて説明した方がいいですか?それとも今回は純粋に経典比較(般若 vs 維摩)にフォーカスして深めた方がよいですか?